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三個のオレンジ
第五章
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第五章

 そこにはイタリアの新鮮な果物達もあった。
 その中にはオレンジもあった。ソーニャがそのみずみずしいオレンジを見た。
「これこれ」
「オレンジだね」
「これが食べたかったのよ。ほら」
 そのうちの一個を手に取るとだった。モスクワにはないような新鮮なオレンジだった。それを手に取ってイワノフの前に出してきたのだ。
「このオレンジ。モスクワのとはもうね」
「凄い新鮮だよね」
「絶対に美味しいわよ、これ」
 明るい笑顔でイワノフに言う。
「甘くてね。水分もたっぷりあって」
「そうだよね。それじゃあ」
「食べましょう」
 ソーニャは早速イワノフにこう勧めた。
「一個ずつ買ってね」
「一個ずつじゃないよ」
 しかしだった。イワノフは真剣な顔でだ。ここでこう言ったのだ。
「三個だよ」
「三個なの」
「そうだよ、三個だよ」
 こうソーニャに話す。
「三個買おう」
「どうしてなの?」
 ソーニャは目をしばたかせてイワノフに問い返した。
「どうして三個なの?一個多いけれど」
「別に渡すけれどね」
「別に?」
「ただ、もうそろそろいいかなって思うし」
 イワノフの言葉は今は回りくどいものだった。しかしそれでも言うのだった。
「だからね」
「だからって」
「指輪の前に。その代わりにね」
「指輪・・・・・・」
「そう、いいかな」
 こう言うのである。
「それで。いいかな」
「オレンジでなの」
「後で。モスクワに返ったらまた渡すけれどね」
 イワノフの言葉は続く。今は顔を赤くさせている。
 その赤くさせた顔でだ。彼は話すのだった。
「それでも今はね」
「このオレンジを」
「どうかな、その為のオレンジ」
 またソーニャに告げた。
「貰ってくれるかな」
「ここで言われたら」
 そのソーニャの返答である。
「ちょっと」
「ちょっと?」
「断れないじゃない」
 苦笑いと共に出した言葉だった。
「元々そのつもりはなかったけれど。そろそろだって考えてたし」
「そうだったんだ」
「オレンジね」
 また問うのだった。
「そうよね、オレンジが」
「君がずっと欲しかったその新鮮なオレンジをね」
「わかったわ」
 ソーニャはここで頷いた。
「それじゃあね」
「貰ってくれるかな」
「勿論よ」
 笑顔で応えるソーニャだった。
「指輪にしては何か色気がないけれど」
「それはモスクワに帰ってからじゃない」
「ふふふ、そうね」
 イワノフのその言葉にまた笑顔で応える。
「そうだったわね」
「そうだよ。それじゃあこれをね」
 そのオレンジが差し出された。まさに今採れたばかりのだ。新鮮でみずみずしい、モスクワにはないようなオレンジがだ。彼女に差し出されたのだった。
 
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