第三章 [ 花 鳥 風 月 ]
五十話 ヨルノハジマリ
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男は平凡だった。平凡な日常を送る、平凡な家庭を持つ、平凡な村に住む、平凡な幸せを持つ、平凡な生涯を送る“筈だった”――――そんな男だ。
何時も通りの一日を過ごし、何時も通りの食卓を囲み、何時も通りに就寝する“筈だった”。
何時もと違うのは夕暮れが近づいていた時刻に山に入ってしまった事くらいか。
来月の頭には二人目の我が子を授かる予定で名前は何が良いか等と妻と談笑したりもしていた。
当たり前だと思っていた日常の壁一枚向こうは――――今目の前に見える化け物達が蠢いていると初めてしってしまった。
息を殺し木の陰に身を潜め木々の間から蠢く化け物達を確認してみる。すでに周囲は薄暗く正確な数は分からないが百は超えているかもしれない。
森の開けた場所に集っている化け物達は視線をある方向に向けており、そこには――――腰まである群青色の髪、肩を露出している赤黒い道着に朱色の袴を着た身の丈が二mを超える大男、否こめかみから生えている角を見れば分かる……鬼だと。
その鬼が大仰な素振りをしながら化け物達に、
「さぁてお前ら、待たせたな!戦の前の景気付けだ!好きに暴れさせてやるぜ!」
鬼の言葉に化け物達が咆哮を上げ森を震わせた。その衝撃で羽を休めていた鳥達や身を潜めていた獣達が一斉に逃げ出す。男もその場から逃げ出したかったが腰が抜けてしまい動けなかった。
「あのウザい大和をぶっ潰すしふざけた神々を駆逐し地上を俺たちの手にッ!!」
鬼の言葉に再び湧く化け物達。
「それじゃぁ行こうか――――京の都へッ!!」
鬼はそう叫ぶと暗い朱色の空へと飛び立っていく。それに続く者達もいれば地上を駆けて行く者達もいる。彼らの向かう先ではきっと惨劇が起こるのであろう、しかし男は自分が助かった事に安堵していた。
人間誰しも自分の事が何よりも大切なのである、自らの危機に見知らぬ他人を心配できる事が稀なのだ。そうそれは常識に近い。
男が安堵し振り返るとそこには――――二mはあるであろう巨躯を持つ獅子の頭をした化け物が咢を広げ迫っている所だった。
平凡な男が人知れず悲劇に見舞われ命を落とす――――これもまた日常に転がる平凡な日々の一つだったのかもしれない。
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