月の通り道2
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私からするとね、『優(すぐる)』には尊敬とか、それを越えて、妬みもちょっと入っているんだ。峠のやることはきっちりやりきるストイックさというか、誠実さというか、そういうのって、なかなか得られるものでもないと思うんだよ」
距離が少し離れてしまっていて、ほとんど彼女の顔は見えなかった。けれどもそれは、お世辞でも、気遣いでも無いことは、どうしてか分かった。それだけの器用さを彼女が持っていないんだろうな、なんて理由付けは失礼だろうか。まあ、お互い様ってことで許されるだろう。
優は肩を竦める。
「ね、隣の芝生は青いんですよ」
「ええ? そういうこと?」
冗談めかしにあしらわれて、菜雪はせっかく良いこと言ったのに、とむくれた。
捻くれずに、ありがとう、と言えれば良いのだろう。けれども、自分の自分に対する分析が、どうしようもないくらい卑屈だから、素直に受け取ることが出来ない。
本当は彼女の奔放さに表裏の評価があるように、自分の性格だって、批判するところばかりではないはずだと、頭では分かっている。
分かっていたとしても、ないものねだりだとしても、「ないもの」を持っている人が眩しく見えるのは、仕様のないことだとも思う。
それでも、自分が他者にとって「青い芝生」らしいという事実にこうして触れて、何かが溶けていくような、軽くなるような、そんな心持ちになった。
嬉しかった。
全く単純な生き物だよ、と優は呆れる様に首を振る。
菜雪は再び星空を見上げ、囲いのない空間から去ることを惜しむように大きく伸びをしていた。それから「さてと」と零す。
「別々に行った方が良いよね?」
「だろうね」
自分の、あっさりと規則や決まりに絡め取られてしまう性分について、漫然と悩んでいた。一人で考え続けても答えは出なくて、思考の終わりない連鎖の中に呑まれていくだけだった。
「じゃあ、お先に」
「気を付けろよ」
茂みの中に消えていく菜雪に声を掛けると、彼女は首だけで振り返って手を振った。優はその姿が見えなくなったのを確認し、更に十秒を心の中で数えてから歩き出した。
けれど、誰かに認められただけで、どうしてか気が楽になる。まあ、こんな状態にも良いと言える部分はあるものか、と。
(まあ結局、そんなものなんだろう)
靄の中から少しずつ抜け出すときって。
溶けきらなかった何かは胸の中に残って、穏やかな熱を放っていた。そのじんわりとした温かさを離さないようにしっかりと掴む。
今日は久しぶりにゆっくり眠れるかな。
木々の間に入ると暗さが増した。月上がりが届かない分、いつもの自室より闇の濃度は高い。
その暗さの中に滲み出した自分は、昨日よりも寛く自分を受け入れてくれていた。
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