暁 〜小説投稿サイト〜
或る短かな後日談
終わった世界で
一 雨と心音
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この世界で生きる変異した生物にとっては。無論、それらを取り込めるように変異したもの達にとっては。確かに、恵みの雨と言える物で。
 私達のような。アンデッドにとっては、只、行動を鈍らせ、音を掻き消し、汚染物質を不快感と共に体に擦り付ける。感情とは無縁な程度の低い自我しか持たないアンデッドならば、心を乱されるなんてことなんて無いだろうけれど。私達は、御免で。

 音の無い世界。私たちの足音。時折聞こえる変異昆虫たちの羽音。風の音。普段、世界で聞こえる音なんて、その程度のもの。不規則に鳴り響く雨音は、廃墟に走った亀裂から落ちる雫の音は。死んだ世界を震わせ、音で満たして。濡れない場所、汚れない場所から眺めるだけなら、色褪せた世界に変化を与えてくれる存在でもある。

 此処から見える無数の雫が、穢れきったそれだとしても。私は。

「私は、雨、好きだな」

 不意に。転がった彼女の声。考えていることを読まれたかのよう。思わず、驚き、彼女を見れば。
 悪戯っぽい、笑み。

「あなた、結構顔に出るのよね。何考えてるのかすぐ分かるわ」

 絶え間無く鳴り響く雨音。廃墟と化したビル、たった今潜って来た扉の先を見詰める私を、嬉しそうに見詰め。言葉にせずとも、考えていることを理解された、それだけのことが……いや。そんなにも、気に掛けていていてくれたことが嬉しくて。頬の綻びを抑える事さえ叶わない。

 けれど。笑って、良いものか、と。自分に問いかけ。冷たい水が背中這い落ちるように。熱が引くように。笑みは自然と、退き、失せて。

「……もっと、笑ってもいいと思う。いつも気を張らないでさ」
「……でも」
「このままだと。あなたの心が壊れてしまうんじゃないかって心配なんだ。……あなたまで居なくなったら、私、どうして良いか分からない」

 私には。あなたが必要なのだから、と。
 恥ずかしげも無く。真っ直ぐ、目を見て言ってのける。彼女に。対する私は、何と、返してよいかも、分からず。只、只。
 顔を背け。背ける、私へと向けて、尚。彼女は優しく。また、寂しげな。私の胸へと爪を立てる、あの笑みを浮かべ。どうして良いか分からない。どう、言葉を返せばよいか。私自身は、どうしたいのか。

 何も、何も分からない。私は只の死体。戦うだけの機能を詰め込まれた人形(オートマトン)でしかないというのに。

「……奥、見てくる。多分、大丈夫だとは、思うけれど」

 投げっぱなしの言葉、返事を待つことさえも無く。そのまま。光の失せ行く扉の先を背後に。灯りの一つも無い廃墟……私たちにとっては薄暗い、程度。雨音から離れ、この廃ビルの更に奥へと、獣の足を踏み出して。

 私は。躊躇い続けている。あの子を失くして、失くしたまま。その原因は、私にあって。
 造
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