喰らい乱して昇り行く
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オレに仕えてくれた。家族には十分な恩賞を与えておいた。キヒ、知らなかっただろ?」
話しかける先には、二人の近衛兵。名は覚えているが呼んでやらない。驚愕に目を見開き、顔をくしゃりと悲壮に歪めた。
劉表の護衛に付いていた彼らは、ねねと名店に入った時も侍っていた二人である。顔に伺える皺の深さは、彼らが重ねた年数を見せつけていた。
「こっからは口を閉ざせ。聞くだけでいい。誰にも最後の言葉を聞いて貰えないなんて……寂しいからさ」
言って間もなく、劉表は赤い舌を出して果物を口に含んだ。
ゆっくり、ゆっくりと噛みしめた後に、ゴクリと喉を鳴らして流し込む。吐き出された息は甘いモノ。
「娘には、幸多からんことを願おう。あいつは王の器じゃねー。せめて乱世の果てに生き残ってくれたらそれでいい」
子の幸せを願わない者は母ではない。だからこれは、彼女が龍から人に戻る最後の一時なのだと、兵士達は心に刻む。
「もう一人の娘には、呪いばかりの道から解き放たれることを祈ろう。あいつはオレと違って優しすぎる」
数か月前に知り合った彼女にも、幸せであれと想いを向けた。小さな身体で城を走り回る姿を、彼らは忘れる事は無い。
「死んじまったバカ野郎は、政略で結婚しただけだったが……キヒ、恥ずかしいから言ってやんねー」
少女のような笑いには、立場故に出来上がった関係であれど、確かに幸せがあったのだと、二人は読み取る。
「後悔はしてねーって言ったけど……“もしも”……」
続けるか、続けないか悩んだ後に、劉表は言葉を呑み込んだ。
――御使いがオレの元に来てたなら、もっと楽しい乱世になったのかなぁ。
揺れる蝋燭を見つめて、そんな可能性を考えてみた。
直ぐに下らないと断じて、彼女はまた、喉を鳴らす。
「キヒ……うん、満足だ。最期に虎と喧嘩出来てホントよかった。死んだ後にまた会ったら叩き潰してやろ……っと」
立ち上がると同時にぐらついた。すかさず抱えた兵士は言葉を発さず。ただ、その目からは涙が溢れていた。
大の男が無く姿に、劉表は微笑みを向ける。
「泣くなよ、泣くんじゃねーよ。口を閉じろ。声を出すな。何も言うんじゃねー」
意地っ張りで強がりな彼女と知っているから、兵士達は言われた通りにするだけであった。
「ずぅっと昔っからお前らはオレに仕えてくれた。婿を取る時も、ガキが出来た時も、オレがどれだけ悪い事しようと護衛してくれた。まあ、オレが顔馴染しか側に起きたくなかったからだけど……ありがとよ」
ゆっくり、ゆっくりと彼女は支えられながら部屋を出た。兵士達に支えられて、庭に出た。
暗い闇夜には、雲も、星も、月も出ていた。これこそが夜空だと、彼女は感嘆の吐息を一つ。
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