第5話 僕タチハ死ンデシマッタ
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に近付いた。その手が伸びてきて、映像が終わった。
やがて、レインコートも着ずにクグチが校門から出てくる。彼は誰もいない町を歩き、それが次第に早足になり、走り出し、放置された自転車を見つけて、それを凄まじい勢いで漕ぎ始めた。
クグチは町を走り抜けた。一度は収まりかけた雨が、今また激しくなる。
『これね、よだれかけ』
雨の中、決してこんなに激しくなかった、優しく明るい雨の中、縁側の女が言う。赤い刺繍糸を縫いつけながら言う。
何かを問いかける。何かを。女は答えてくれる。
『うん。クグチ君もつけてたと思うよ、赤ちゃんの時は』
『クグチ君も、お姉ちゃんやお母さんが毎日きっと替えてくれてたんだね』
『ぼくも赤ちゃんのよだれかけ替えるの?』
『そうだね。お兄ちゃんだもんね。順番だよね』
女が笑う。映像の中の桑島メイミが明るく笑う。
『クグチ君、もうすっかり気分はハツセリのお兄ちゃんだもんね』
それから雲の向こうから、轟音が聞こえてきて、それから……それから……。
「強羅木!」
クグチは自転車を捨て、黄色いテープをかいくぐって居住区の外に飛び出した。
「強羅木!!」
もう視界は白く、雨以外何も見えない。泥で弾けた雨粒が霧になり、体温を奪う。
「ふざけるな!!」
クグチは眼鏡を泥の上に叩きつけた。自転車をこぎ続けたせいで息が乱れている。そのまま肩で息をし続け、収まってくると、眼鏡を拾い上げた。レンズの汚れを服で拭き取る。
眼鏡をつけた。イヤホンの電源も入れた。瞬きと視線の操作で発信モードに切り替え、視界に照射されるアドレスから、強羅木の守護天使を呼んだ。この眼鏡は発信専用で、受信は出来ないのだが、守護天使を持たないクグチにとっては他人とコミュニケーションをとる数少ない手段だ。
『強羅木ハジメです』耳の中で強羅木の声が答えたが、本人ではない。『本人は取りこみ中につき、ご用件をお伺いします』
「本人を出せ」
クグチは怒りをこめて伝えた。強羅木ハジメの守護天使は話し相手が誰かを認識し、口調を変える。
『何のようだ。俺は忙しい。後にしろ』
「代われ」
『急用か。どうしてもってんなら……』
「うるさい! さっさと代われ!! 偽物のくせに偉そうな口――」
「俺だ」
唐突に本人が答えた。
「クグチ、お前なのか? 今どこにいる? 何をしている?」
会議中らしく、声を潜めている。周囲から人の声が聞こえてくる。席を立つ音、ドアを開閉する音の後、強羅木は声を大きくした。
「道東か? 無事なのか? なんでもっと早く連絡を寄越さな――」
「あさがおって誰だ?」
クグチは遮った。
イヤホンの向こうが静寂に変わる。
「強羅木」
「……なんだ」
「俺に姉がいるなんて話は聞いたこともないぞ」
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