先を見るしか叶わぬ龍に
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甘味をつまむ手は震えていた。
誇り高き龍が、無様な姿を晒すはずがあろうか。
化粧で隠しきれない肌の白さと隈。抑えようとしても抑え切れない手の震え。それらから分かるように、もはや彼女には時間が無い。
それでも自分からこうして訪れたのは、劉表が華琳を認めているからに他ならない。
王であるなら約を違わぬ。それを身を以って証明しているのだ。
だから華琳はこの時間を砕きたくなかった。ただ言葉を交し合うだけの、治世に於ける彼女の姿を心に刻み込みたかった。
「ふーん。例えるのが剣ってのはお前らしいのかもしれねーな。オレはやっぱり甘いもんの方がいいけど」
また一つ、口に含んだ。もぐもぐと食べる姿は幼女にしか見えないが、身に纏った空気からは、やはり強者の余裕が感じ取れた。
「剣は誰かが鍛えなくちゃ出来上がらねー。果実は誰かが育てても、野山で育っても美味いもんは美味い。だろ?」
「ふむ……確かに一理ある。むしろ人は人。他のモノで表す事すら無粋なのかもしれないわね」
一寸、キョトンと呆けた劉表は、赤い舌を少しだけ出して悪戯っぽく笑い、
「キヒ、違いねーな。自分で動く果物なんざ嫌だ。それにしても……人は人……」
華琳の言葉から一つを抜き取って呟いた。
「うん、いいな。人は人、かぁ。キヒヒッ……気に入ったっ」
「賢龍と呼ばれているモノがお気に召すほどの事だったかしら?」
劉表が弾けんばかりの笑顔を浮かべたからか、華琳は呆れたように苦笑を一つ。
――死の淵でなければこんな顔はしないのでしょう。お互いにそういうモノだと割り切っているからこそ、劉表は自然体でいる。
腹の中、脳髄の奥には先の事を描いているのは分かっている。それでも、彼女達はこの時を楽しむと決めていた。
「キヒヒっ、いいんだ。決められた枠の中で楽しむのに飽き飽きして、気付かれねーように色んなもん喰ったりもしたけど……結局オレも人って枠から出られねーって分かった。それが気に入った」
皮肉気な言い方だった。まるで籠に閉じ込められた自分を自嘲するかのよう。否、生まれながらにして王たるモノの宿命を背負った彼女は、逃げる事の叶わない呪いに縛り付けられた龍。
虎とは違う。成りたちが違い過ぎる。積み上げてきた歴史が、受け継がれてきた血脈が、龍が乱世を喰らう事を許さなかった。
「楽しい楽しい世が来た。知略を巡らし、武勇を振るい、己が力を示す時代が来た。どろっどろの世界が来やがった。いいよなぁ、あーちくしょう」
悔しがる劉表に、華琳が向ける心は憐みなのかもしれない。同情なのかもしれない。
――人ならば生まれは選べず、才も選べず、ただ自身の存在証明を歩んだ道で示すのみ……たった一つ違うだけで、あなたは私とこう
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