第4話 夢ノヨウ恋ノヨウ
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「忘れ物をしたんです」
冷や汗が額と脇の下から噴き出した。
「忘れ物? 何を?」
岸本が質問を重ねてくる。何を? 何を忘れたことにする? わざわざ取りに戻るほど大事な物。社員証? いや、入館時に提示している。財布? いや、退勤後に食券を買うところを見られている。寮の鍵? いや。自転車の鍵? いや。岸本がこちらを凝視している。マキメも。他の同僚たちも。
クグチは思考を回転させた。昨日、ここで何をした? 持ち物の中で、どんな忘れていきそうな貴重品があった?
「実印です」
クグチはやっと、思いついて答えた。
「昨日、雇用契約書に捺したやつを……」
「ふぅん」
「で、この部屋まで取りに来たの?」
「いえ」
と、マキメの質問に、今度は咄嗟に答えた。
「部屋に来る途中に、ポケットに入ってたことに気付いたんです」
そして、作業員を振り向いた。
「なので、二階には行ってません。お力になれずすみませんが」
「ああ、そうですか。まあいいですよ。作業も終わったし、盗まれて困る物もないしねえ。まあ大方、作業員がどこかに置いたつもりでなくしちまったんでしょうよ。どうも」
警備員は疑う様子もなく、廊下を引き返していった。クグチは気付かれないように、長い息を吐いた。
「……じゃあ、これで」
「待てや」
星薗が険のある声で呼び止めた。緊張で首の筋肉が強張るのを感じながら、クグチはゆっくり振り向いた。
「おめぇ、どうも何かさっきから怪しいな」
「何がですか?」
「おめえ、昨夜自転車でどこ行ってた?」
クグチは凍りついて、星薗の酔ってどす黒い顔を凝視する。
「だから、忘れ物を取りに来てたんです」
「その前だよ」
見られていたのだ。どこからだろう。もしかしたら、自転車置き場の真上が星薗の部屋なのだろうか。
「えっ? どこ行ってた?」
部屋が静まり返る。全員が驚くほどの真剣さで自分を凝視しているのを感じる。
「言えよ」
言われるまでもない。でも何を言えば?
「わかるんだよ、怪しい奴は。俺は昔刑事だったからな」
「この前は昔教師だったって言ってたでしょう」
うんざりした声でマキメが助け舟を出した。
「で、その前は、昔鉄道技師だって言ってなかったっけ? 明日宮君、そんな気にしなくていいんだ」
「昨夜はサイクリングに行ってました」
クグチは、やっと答えた。
「まだ、市街のことよく分かってないから……だから、別にどこに行ってたってわけでもありません」
星薗や岸本たちがつまらなそうに凝視を解いた。
「これ以上不愉快な思いをさせる前に教えておく」
今度は岸本だ。
「廃電磁体の件でこそこそしてる連中の存在が大っぴらに取り沙汰されないのは、まだ連中を裁く法が整備されていないからだ。奴らが大々的に動く
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