第三章
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第三章
「よいな」
「はい」
己に従う従神の一人にだ。トラキアの自身の宮殿において命じていた。そこは赤く紅蓮の炎に包まれているようだ。その赤い宮殿の中で命じていた。
「そなたは今からシリアに赴きそこの王子アドニスを殺せ」
「殺してよいのですか」
「構わん。私が許す」
その若く整っているが猛々しい顔に暗いものを宿らせての言葉だった。
「この私がだ」
「それでは今から」
「そうだ、殺せ」
こう命じた。その顔と言葉でだ。
「わかったな、いいな」
「ですが」
だがその従神はだ。ここで言ってきた。
「私の姿のままでは」
「アフロディーテにわかってしまうというのだな」
「そうです」
彼が今言うのはこのことだった。
「ですからそのままでは」
「それについても考えてある」
アーレスの言葉の響きには邪なものも入っていた。明らかに企んでいた。
「既にだ」
「といいますと」
「猪になれ」
こう彼に命じた。
「猪になりだ。そのうえでアドニスを襲え」
「そしてその牙で、なのですね」
「そうだ。そのうえで消せ」
また彼に言った。
「いいな。消すのだ」
「わかりました。ではすぐに」
「あの人間の王子がいなくなれば私一人になる」
アーレスの暗い顔はそのままだ。そのままの顔で言うのである。
「そうなればアフロディーテとまた共に褥を共にできるというものだ」
「アーレス様の為に」
従神は己が忠誠を誓うその神の為に今シリアに向かった。そうしてだ。
アドニスはこの時森の中にいた。自身のいる宮殿から少し出たその森の中に入ってだ。そのうえで森の中を自分の従者と共に歩いていた。
「アドニス様、近頃ですが」
「誰かと御会いになっていますか?」
その従者達が後ろから彼に問う。森の中には日の光が優しく差し込み実に清々しい。その中を歩きそのうえで話をしているのである。
「どなたかと御会いになっているようですが」
「それは誰ですか?」
「ああ、君達には行ってなかったね」
アドニスもそれを聞いて笑顔で返した。
「そのことを」
「ではどなたとでしょうか」
「会われているのは」
「女の人だよ」
まずはこう話したのだった。
「女の人とね。会ってるんだよ」
「女の人とですか」
「そうだったのですか」
「そうなんだ。とても奇麗な人でね」
アフロディーテとは言わなかった。まさかその相手が女神だと言える筈もなかった。だからこのことはあえてぼかして言ったのである。
「その人とね。会ってるんだ」
「そうですか。アドニス様にもそうした方が」
「できたのですね」
「今日も会うよ」
そしてこうも話した。
「またね」
「またですか」
「今日も」
「今夜来てくれるよ。それが楽しみで
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