第3話 廃庭園ノ少女
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うっすら汗をかき始めた頃、温室に出た。
出入り口には汚れたビニールのカーテンが一枚かかっているだけで、ガラスの廊下と温室とをきちんと隔てる扉はない。
カーテンをかき分けた。
いきなり声が聞こえた。
クグチは緊張に強張るが、歌はやまない。少女の声が歌っている。歌詞はなく、ハミングだけだ。
立ち枯れた蘭のタワー。野生化して床を覆い、植物の棚を征服する蔓草。
複雑に入り組んだ棚の先で、唐突に視界が開けた。
アクリルの透明なハープに手を回し、その少女は籐のスツールに腰かけて、柔らかいソプラノの声で、朗々と歌い続けている。
「おい」
クグチはその空間に、非現実感がもたらす頭痛に耐えて足を踏み入れた。
「おいってば」
夜空のような色合いのスカートに、そこから伸びる細い脚。白いブラウス。ほっそりした腕と首筋。肩にかかり、背中に、そして胸にも流れる豊かな黒髪。
「何なんだよお前……おい! ハツセリ!」
やっと歌が止んだ。
少女が細い顎をあげ、それをクグチに向ける。
少しだけ目尻が吊り上った目。黒い目。好奇心と残酷さを湛えた目。
「何でだよ」
クグチは銃のストラップを握り直す。
「何であんたが道東にいるんだ」
少女の口角が左右対称に吊り上がった。抱きかかえていたハープからしなやかに腕を外し、スカートの裾を揺らして立つ。
「おはよう、明日宮エイジの息子」
長い髪を後ろに払う。
「そしてこんにちは。そしてお久しぶり」
クグチは銃を構えた。
何故そうしなければならないと直感したのか分からない。腰を落とす。幽霊を名乗る少女は頓着せずに歩いてきて告げた。
「そして、さようなら」
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