第3話 廃庭園ノ少女
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寮の部屋に入った時には零時を回っていた。緑の壁紙。バス・シャワー付き。細長い空間にはベッドと机と姿見だけ。クローゼットには何も入っていない。安ホテルのような内装だ。クグチはベッドに腰をおろし、重い溜め息をついた。
南紀でも道東でも、とにかく、多数派と同じものを見ていなければ生活できない。見えないものを見えないままでいては正気を保てない。スーツケースのサイドポケットから眼鏡を取り出したが、装着する気は起きず、窓の外をぼんやりと見つめた。
細い道を挟んだ反対側は雑居ビル。どの窓も闇を湛えている。左隣はコーヒーショップ。右隣には見知った建物がある。ボウリング場だ。南紀にもこれとそっくり同じ形とデザインのボウリング場があった。垂れ幕も同じだ。店員まで同じだとしても驚かない自信がある。
遠くで車の流れる音がする。何がそんなに面白いのか、どこかで若い男女が笑い転げている。
眼鏡をかけてみた。
窓の外の様々な色彩より早く、室内に浮く矢印に気付いた。掌ほどの緑の矢印が、目の高さで、机の一番下のひきだしを指している。
クグチは腰を屈め、パイル材のひきだしに手をかけた。
何も入っていなかった。が、矢印はひきだしの底を指し続けている。試しに底板の隅を指で押してみた。反対の隅が浮き上がった。
二重底だ。
するとドアがノックされた。クグチは底板から指を離し、「はい」と答えた。
ドアノブが回り、遠慮がちに開いた。
廊下に男が立っていた。体つきは逞しく、温厚な目をしている。恐らく同年代だ。目があうと微笑を浮かべた。どこか自信なさげな顔をしており、クグチと同じ眼鏡をかけている。彼も守護天使を持っていないのだ。そして、腕には枕を抱えている。
「明日宮さんですか?」
「はい」
「枕、これ、持ってくるの忘れてて」
クグチはベッドをふり返り、初めて枕がないことに気がついた。
「……ありがとうございます」
「随分早かったですね。明日来るかと思ってた」
「ええ、まあ」
「僕は島です。明日から……あ、もう今日ですね。よろしくお願いします」
廊下の端の階段からブザーが聞こえた。
「こちらこそ、よろしくお願いします。今の音は?」
「門限です。一時でシャッター閉まるから。明日宮さんは特殊警備の仕事長いんですか?」
「二年半です。十八の時から」
「そうなんだ。俺半年めなんだ。お互い大変な時に来ちゃったね」
クグチは最後の一言の意味がわからず、島を凝視した。
島の顔から血の気が引く。
彼は口をつぐみ、目をそらした。
「……ここ、守護天使のない人が多いんですね」
「聞いてなかったんだ。ごめん。今の気にしないで」
「ここはそういう人が集められてるんですか」
「うん、まあ。試験運用チームだから。知ってて来
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