想い育てよ秋の蘭
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「怖かったか? 遠くから人を殺すのは」
「……いいえ」
きゅむきゅむと、彼の背に回した腕の先、掌を握った。
別段、彼も責めようとはしない。
「なら、何がそんなに不安なんだ?」
顔を上げて、目を合わせた。
黒は透き通っていて、宵闇には美しく見える。
「秋蘭さんからの、報告にありましたが……敵があなたの真名を知っていたとのことです」
秋斗の目が細められた。渦を巻いた感情が溢れ出す。
「手に入れるつもりだったけど、理由が増えちまったなぁ」
「もし……」
区切られた間は人を引き付ける。しかし秋斗は、次の言葉を予想してか、ゆっくりとお茶を手に取って啜った。
「秋兄様と、一緒に立てた予定が違う方向に移行したなら……助けに行きますか?」
コトリ、と湯飲みを置く。緩い息を吐きだした。目を合わせようともしない。
「そうさな。捻じ曲げるには欲しいわな。俺の記憶が戻る可能性があるなら……尚更だ」
「覇王が、許すとお思いですか」
「知らん。あの人は俺に心底から救いたくなったら戦に立たせると言った。俺が助けたいのは……」
先は続けず、伝わるのは分かっていた。眉を寄せた朔夜は唇を噛みしめる。
「ダメ、です。死んだら、どうするんですか」
咎める声は必死さがにじみ出ていた。潤んだ瞳には心配が溢れていた。
朔夜の大切なモノは彼。優先順位が出来はじめようとも、一番上は彼だけだった。
「もしもの話だけで進めるな。何が起ころうとも対応するのが軍師、そうだろ?」
質問に答えずに話をぼかす彼はいつも通り。これ以上尋ねるのは、彼の線引きを越える事になる。
頭を一撫で。緩い微笑みを向けて、彼は喉を鳴らした。
「その時は俺を信じてくれな」
自分も信じて貰ったから、彼にはそれ以上言えず。
また、朔夜は彼の胸に顔を埋めて、
「やっぱり、秋兄様はズルい、です」
小さく零した。
ゆったりと流れる時間の中、彼と彼女は二人きり、この戦の行く末に想いを馳せて、どうか思う通りに進めと願いを込めた。
回顧録 〜トケテキエユク〜
まただ……
また、彼女を助けられなかった。
兵も、将も、軍師も、前よりも増やしたというのに。
あの軍を潰してこの軍に居れた。
あの人を殺してあの人を生かした。
軋みを上げる心を見ない振りで
そうやって強くして、舞台を整えたというのに。
世界は残酷だ。
動かなくなった身体は冷たい。
血の通っていない身体は冷たい。
なのに、彼女の表情は満面の笑み。
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