第1話 本当ハ静カナ町
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クグチは取り残されたような気持ちでずるりと椅子に座りこんだ。えも言われぬ疲労感が全身に貼りついている。報告書を前に深い溜め息をついた。
戦争があった頃、まだ人と電磁体の関係は今ほど密着しておらず、人々の虹彩の奇妙な紋様もなかった。
覚えているのは、逃げこんだ夜の暗い山から見下ろす火、火、火。隣でいい歳をした男がおいおいと泣き叫んでいた。大切な人があの火の中にいたのかもしれない。彼の妻か、子供か、両方か。
押し黙っていた人たち。口を半開きにして、一つの町が滅ぶのを見ていた。
その夜からしばらくののち、どこかの家に預けられていた記憶がある。何という名の住人だったか、どこの町だったか、わからない。
家の前に田が広がり、その向こうに里山が並んでいた。のどかな田舎だった。
ただ一つの鮮明な記憶の中で、クグチはその古い家の濡れ縁に座っている。
女が針仕事をしていた。赤い刺繍糸を通した針を動かしながら、彼女は守護天使でも、目に見えないどんな奴らでもない、他ならぬクグチに話しかけ、応じる声を聞き、また話していた。軒の向こうでは、夏の雨が優しく降っていた。か細い滴がプリズムとなり、七色の光を撒き、ある瞬間やわらかな黄色の太陽光に染まる。
女が細い鼻筋を天に向けた。そこでは雲が切れ、青空が見えていた。雲はたちまち形を変え、青空を広げ、雨粒は光輝を強め、すると――青空から顔を出す爆撃機。
大音量のサイレンが鳴り響いた。
空襲ではない。
出動だ。
―3―
「E77874C-A、アウト!」
「DKJ89KKKC3J、アウト!」
仲間たちが通信端末を手放し、守護天使をサーバに戻している。クグチはいち早く廊下に飛び出していた。UC銃保管庫のロックを解除し、自分の得物を取る。その先の出動車両にたどり着く。一足遅く仲間たちが追いついた。
「ついてねえよな!」
班長の早川が運転席に乗りこむ。
「あと三十分で交代だったってのによ!」
仲間たちは口々に嘆き、悪態をついた。一日に二度も出動しなければならないからだ。以降、会話はない。
不運ゆえに口を利く気を失くしたわけではない。
間に守護天使がいないからだ。
クグチはまだ子供時代の記憶に片足を突っこんでいる。
あの戦争は超規模の太陽フレアと、それがもたらす磁気嵐によって続行不能となった。そうでなければ、自分は生き延びられなかったかもしれない。同僚たちも。居住区の市民たちも。警備車両は通りを抜け、現場にたどり着いた。数時間前と同じ展開が繰り返された。
「小島さん! 小島さん! ACJ社の者です!」
やればやるほどわかってくる。諦められぬのは老人ばかり。出動によって深い傷を負うのは、若者よりも老人たちのほうだ。
「なんです」
老婆だった。
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