暁 〜小説投稿サイト〜
Magic flare(マジック・フレア)
第1話 本当ハ静カナ町
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 ―1―

 また雨が降ってきた。クグチは舌打ちしたくなった。都市を覆う透明の天蓋板に大粒の雨が弾け、水の膜となって流れ、流れ落ちるそばからまた新しい水の膜が作られる。
 雨は珍しくない。居住区にいる限り、雨に濡れる心配もない。それでもクグチは雨が嫌いだ。
 何故だか、出動時には雨が降ることが多い。雨は陰惨な仕事を更に陰惨にさせる。額に浮く汗を腕で拭い、制服の胸ポケットから眼鏡を取り出し、はめた。
 すると、疾走する警備車両の外を流れる世界に色がついた。
 眼鏡越しに見る世界には、都市を覆う天蓋板も、そのフレームもない。
 もちろん、雨もない。
 頭上には無限の青空。そこから七色の光の粒が、はらはらと地上まで降ってくる。雪の結晶の形の光。羽根の形の光。
 肉眼では黴で黒ずんでいるようにしか見えない家々の壁も、眼鏡をかければ統一性のない様々な妄想によって隠される。ある壁は緑の蔦と、豊かに実る葡萄で覆われている。その葉陰から小人が顔を覗かせては消える。またある家の壁には岩間を割って伝う滝が現れ、その家の庭は深く澄んだ湖であり、流れ落ちる滝の波紋と、魚の影が見える。天から降る七色の光で、湖面は目が痛くなるほど眩しい。
 それでも、本当は雨は降っていると、クグチは知っている。
「耳のもつけろよ、明日宮(あすみや)
 ハンドルを握る早川が、無闇に大きな声で言った。
 彼の左の耳の穴には無線イヤホンが詰めこまれ、耳たぶで留められている。そしてクグチの眼鏡越しの視界には、早川の姿に重なって、彼の現在の『幸福指数』が表示されていた。
 星10個中5.5個 幸福指数B。
 警備車両に同乗する他の面々も早川と同じようなものだ。Bランク以上の者も以下の者もいない。
 クグチは無視した。
 路上に少女が現れる。クラクションが鳴らされた。少女の驚愕した顔がクグチの目に焼きついた。避ける間も、その必要もなかった。車は少女の体をすり抜け、道の先へ急ぐ。
 少女が両手でスカートをおさえて怒鳴っている姿がバックミラーに映った。それもたちまち遠ざかる。
「躾が悪いんだよ!」
 隣席の同僚が車の床を蹴った。その目には時折火を噴く龍が踊っている。この男の、半永久装着型レンズの下の目がどんな光を宿しているか、見たことがない。クグチ以外の誰もが同じだ。目の中で揺れ動く龍や、虎や、蜥蜴。
 存在しないものを見るためのレンズ。その声を聴くためのイヤホン。
「ああ、イライラする」彼は続けて苛立ちを吐く。「俺たちが出てくる時は隠しとけっての。巻き添えで消去しちまっても知らんぞ。なあ?」
 誰も応じなかった。クグチは表情一つ変えず、窓の外に目を移す。空が急激に夜に染まり、緑色の光のベールが、家々の屋根に触れそうなほど近くに降りてきた。赤、白、緑のオーロラの中、スカ
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