第一章
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「いえ」
しかしアルテミスはセレネーのその言葉には素直に首を横に振ったのだった。
「それは違います。先程お姉様が仰ったではありませんか」
「愛を楽しむことはいいことね」
「そうです。ですから」
アルテミスはそう述べる。
「これから愛を楽しまれては如何でしょうか」
「そうね。相手がいれば」
アルテミスの言葉を受けて考える顔になった。思案に入るその顔も実に美しい。二人が並んで座っている天空を駆ける馬車の後ろにある月の穏やかな白銀の光で照らされてそれが彼女の白い顔をさらに白く見せていた。
「いいのだけれど」
「いないのですか」
「ええ。それに」
「それに」
またセレネーに問う。
「何かあるのですか」
「一度ね。ゼウス様に言われたことがあるの」
「父にですか」
「そうなの」
実はセレネーはゼウスの直接の血縁者ではない。しかしそれでも兄であるヘリオスと共に今も神でいるのだ。それは彼等の温厚な性格故にその仕事をすることを許されていたからである。
「私は。愛をすれば不幸になるって」
「不幸に」
「月は。悲しみの象徴でもあるからと」
少し俯いて悩ましげな顔になった。その顔はアルテミスから見ても心を引き込まれずにはいられないものであった。
「そう言われたわ」
「そうだったのですか」
「その不幸が何かはわからないけれど」
「愛することができないのですか」
「その前に相手を見つけることもできなくて」
そのことでも困り果てた顔を見せるのであった。
「まだ。愛を知らないの、私も」
「そうですか」
「けれど。不幸を気にしていては駄目よね」
ここで顔を上げて言うセレネーであった。
「やっぱり。私だって」
「そうです。誰でもなのでしょう?」
アルテミスは明るい声で彼女を励ました。
「それでしたら」
「そうね。私も」
「誰か見つければいいのです」
アルテミスはわかっていなかったがここでは姉とも慕う女神を励ます為に言うのだった。これは彼女の精一杯の優しさであった。
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