暁 〜小説投稿サイト〜
パープルレイン
第一章
[1/5]

[1] 最後 [2]次話

第一章

                          パープルレイン
 その日は朝から雨だった。そして夜になっても続いていた。
「嫌になるわね」
 ビルから出て来た一人の女性が顔を顰めて言う。
「仕方ないじゃない」
 その横のスーツの男がそれに応える。
「梅雨なんだし」
「それを言ったらおしまいだけれどね」
 女はバッグから赤い折り畳み傘を出しながらそれに応じた。そして傘を組み立てる。
「朝も夜も。本当に雨ばかりだと」
「洗濯物が乾かないとか?」
「おあいにくさま。うちには乾燥機って便利なものがあるのよ」
「これはまた」
 スーツの男はそれを聞いて軽い調子で返す。
「便利なものをお持ちで」
「今じゃ常識よ」
 傘を組み立て終わってこう述べる。
「乾燥機つきの洗濯機なんてね。結構値が張るけれど」
「お金をかけているのはスーツだけじゃなかったんだ」
 男はそう言いながら女のスーツを見た。ぴっしりとしたクリーム色の上着に同じ色の膝までのタイトスカートである。ガードの固そうな外見であるが物腰はそうではなかった。
「女は一つのことにだけお金をかけるわけにはいかないのよ」
 男を見上げてこう言う。その顔はやや鼻が高く、癖のある鉤の他は整っていると言ってよいものであった。形よくカーブしている眉とアーモンドを少し細くした様な目に黒くソバージュにした長い髪。胸は小さいがプロポーションも全体的によかった。背は高く、スーツの男と比べてもひけを取らない程であった。
「何かとね。大変なのよ」
「あまり説得力のある言葉には聞こえないけれどね」
 男の方は背は高く、すらりとしているが顔自体はわりかし平凡な顔であった。可もなく、不可もなく。特徴のない顔と言ってしまえばそれまでか。人によってはいいと言われるだろうが人によってはまあそうかな、で済む顔である。今隣にいるスーツの女性と比べるとやはり見劣りしてしまう。
「我が社きっての才媛平井真砂子女史の御言葉とは思えませんね」
「何か言ったかしら、我が社のホープ西村丈主任」
「ホープなどとはとんでもない」
「三十になるかならないで主任になってホープじゃないって言わせないわよ」
 真砂子は丈にこう返した。
「幾らうちが駆け出しのベンチャーだっていってもね」
「そのベンチャーを支えているのが君じゃないかな」
「褒めたって何も出ないわよ」
「乾燥機を買ったから?」
「シャネルの化粧品を買ったからよ。この前奮発してね」
「やっぱりお金をかけるのは一つじゃないんだ」
「そういうこと」
 真砂子は目を閉じて頷いた。
「スーツにもヘアにも。美容にもお金をかけているんだから」
「女は大変だね」
「学生の時は違ったけれどね。今はね」
 少し残念そうな笑みになった。

[1] 最後 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ