大剣持ちし片腕が二人
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遠く、遥か遠くを見据える黒髪の少女の目には何が映るか。
規則的に押し寄せる水音は浅く静かに鼓膜を震わせる。眼前に広がる黄河はまるで海のよう。対岸など、見えるはずも無い。
「あ、夕ー! 軍議だってさー!」
甘ったるい声が背中に掛かるも夕は振り向かず。鋭く瞳を光らせたまま、微動だにしない。
速足で駆けてきた明は速度を緩め、近付くと同時に彼女の小さな身体を抱きしめた。
「……曹操軍が渡河してくる可能性は二割。敵には船が圧倒的に足りないから、少数精鋭での攪乱と陽動が主体、多くて二千、少なくて千。こっちの本陣まで切り込んで来れる程の将は夏候惇、張遼、夏侯淵……そして秋兄。渡河は馬の負担が大きい。騎馬隊を扱う張遼は勿体ないから黄河を越えさせない。私なら……弓と弩が主体の部隊を扱う夏侯淵、補佐に楽進か于禁を付けて渡らせる」
敵の情報を推察して、事前に零されるのは軍議で話す内容。
じ……と揺らめく水面を見つめる夕は、感情を挟まない声で語った。
「秋兄が来るんじゃないの? 部隊の精強さは折り紙つきだし、前の戦いで徐晃隊を怖がってる兵も沢山いるんだからさ。それを見逃すあの人でも無いでしょ?」
「情報では秋兄は官渡に駐屯しているらしい。手広く撒いた細作はほとんど付近を巡回してる張遼隊に殺されちゃったけど、数が多かったからちゃんと情報は入ってる。だから、白馬で戦うのは夏候惇。張遼は遊撃主体として白馬と延津、どっちもの救援に迎えるようにしてる。それが向こうに出来る手堅い組み方」
「兵数ではこっちが倍以上。有力な将ではあっちが上。って事は……分けるんだね?」
「ん、白馬に兵の五万と文醜、郭図を送る。延津には同じく五万に明と顔良、そして私が行く。麗羽が一人になるけど二万居れば問題ない。劉表の所にいる呂布が来るわけじゃないから」
そこまで聞いて目を丸くした明は、慌てて夕の身体を自分に向かせた。
冷たい黒瞳が見上げてくる。宿る知性の光は、背筋を薄ら寒くさせる輝きを持っていた。
「なんで? 白馬に猪々子だけが行ったら……どれだけ兵士が多くても負けちゃうじゃん。軍師は夕じゃなくて郭図なんだよ?」
自分の考える事など理解していると知っているから、下手を打てば死ぬ……までは言わず。
共倒れ狙いの外道策を使う事も在り得る。何故なら、敵は曹操軍に於ける武の象徴。出鼻から一番太い柱を折る事が出来れば、袁家側の優勢は揺るぎようが無くなる。
むしろ、自分ならそうする。それが明の考えである。猪々子を使い捨てて勝ちの目を大きくするのは、彼女にとっては当然のこと。
目を細め、僅かに眉を寄せる夕。明の発言に疑問を感じたのではなく、その瞳に浮かんでいるのは、思いやりであった。
「文醜が大事?」
一言。
それだけ
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