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或る皇国将校の回想録
第四部五将家の戦争
第五十三話 変わりゆく日々に
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受けた資金は純粋にその為だけに使うと保証できる。我々が得られる利益に関しては何も問題はない。それこそ敗戦しない限りはね」

 両替商・三蔵屋が皇都本店、それが現在芳峰夫妻の居る場所である。
 両替商とはそもそもは文字通り、両替の際に手間賃を貰う事で経営を行っている店の事を指していた。否、いた、というのは間違いだろう、現在でも回船問屋と結び〈帝国〉やアスローンの通貨と〈皇国〉の通貨の両替を行っている店も多い。
だが、〈皇国〉内では両替商というものは預金を利用した大規模な投資から利益を得る物である、と見られている。
 太平の二十五年で著しく勃興した新興の業界であるが、五将家から海外の商人まで様々な人間が投資の為に資金、情報を齎しており、政治色が非常に強く衆民院議員の出身者の中でも両替商の利益代表者は一大派閥を作っており、悪い評判も少なくない、まさに太平の世が産んだ栄華と暗部の象徴であると言えるだろう。

 その中でも三蔵屋は、店自体は古い部類であるが、大店と呼ばれるようになったのは十数年前である。駒州に本拠を置く両替商としての歴史は古く、老舗と呼んでも差し支えはないだろう。だが当面の間は田舎両替商であった。駒州の産業は農業と畜産、そして僅かばかりの中小鉱山であり、中・下層階級に貨幣が根付くのが遅れた所為である。
彼らが大店としての区分に入り込んだのは、安東家の東州復興事業に関連した、駒州、芳州の流通拡大によって、駒州家、安東家、馬堂家、芳峰家から供出された資本を巧みに運用した事で一気に大店へと躍進したのである。

「――ふむ。子爵閣下の御言葉を疑うつもりはございませんが」
 そう言って大番頭の高橋は年相応に白色に近づいてきた灰色の頬髭を撫で、書類に視線を落とす。
「まぁ設備投資自体はこちらとしても有難い限りです。ですが、労働者達の環境改善に本当にこれ程の金子を必要とするのですか?
正直に申しますとそれほどに深刻な問題なのか、些か疑問がありますな。」
 そう言って貴族へ視線を飛ばす高橋の眼は老練な商売人としての悟性が光っていた。

「――蓬羽や軍部に欲求される鉄の量が天井知らずでしてな。
儲けが出るのは良いですが、古参の鉱夫達の間で不満――それどころか病気、それに作業中の負傷者が増加傾向にあります。
このままでは大事故を引き起こす事に成りかねないのですよ。
もし、鉱山や、製鋼所で大事故なんぞ起きたら取り返しがつかない」
 芳峰雅永は馬鹿でもなく、伝手を使うことに躊躇することもなかった。兵部省の中枢に伝手があればそれを利用することは当然であった。軍の方針はどうであれ長期消耗戦とならざるを得ない。ならば健康で頑健な男は大半が徴兵されてしまうだろう。現役の鉱夫は兵役を免除されているが、幾らなんでも大事故を起こした鉱山の再建に回すく
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