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シチリアの夕べ
第六章

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第六章

 そのコーヒーを飲み終えるとだった。またマスターが声をかけてきた。
「これからの予定は?」
「予定ね」
「そう、何かあるかい?」
「これといってないわ」
 そうだというのであった。
「今はね」
「そうなのかい」
「気ままに色々な場所を歩き回るつもりだけれど」
 予定とは言えないものだった。確かにそうだった。
「何かあるのかしら」
「こっちも今日はオフなんだよ」
「そうだったの」
「そうさ。それでよかったらね」
「観光案内でもしてくれるのかしら」
「よかったらね」
 笑ってエリーにこう申し出た。
「そうさせてもらうよ。しかも」
「しかも?」
「無料だよ」
 屈託のない笑顔も見せたのだった。
「これでどうだい?」
「無料ね」
「そう、無料だよ。どうだい?」
「どういう魂胆かしら」
「恋人になりたいとか」
「それはお断りさせてもらうわ」
 にこりともせずきっぱりと言い返したエリーだった。
「悪いけれどね」
「おやおや、つれないね」
「タイプじゃないから。それでも言い寄ってきたらその時はね」
「その時は?」
「覚悟しておいて」
 言葉に剣呑なものが宿った。
「その時はね」
「おやおや、本当に物騒だね」
「自分の身体は自分で守るのがポリシーだから」
「そうなんだ」
「さっき日本の話が出たけれど」
「うん、シチリアにも日本人の観光客が多いからね」
「その日本の空手をやってるのよ」
 本気そのものの顔でだ。にこりともせずに話すエリーだった。
「三段よ」
「三段ってどの位強いんだい?」
「少なくとも大の男にも勝てるわ」
 そこまでだというのだ。
「ワインのボトルを手で切ったこともあるし」
「おいおい、イタリア男は色男だから金と力はないんだよ」
 マスターはエリーの剣呑な言葉に肩を竦めさせて言い返した。
「そんなか弱い相手におっかないねえ」
「じゃあわかったわね」
「恋人はお断りだね」
「そうよ。そういうことでね」
「よくわかったよ」
 マスターは今度は苦笑いだった。
「よくね」
「そういうことだから。けれど観光案内はね」
「そっちはどうだい?」
「受けさせてもらうわ」
 ここでやっと微かにだがにこりと笑ったエリーだった。
「そっちはね」
「わかったよ。じゃあ行く場所は」
「何処なの、それで」
「農園とかは回ったかな」
 まず尋ねるのはそこだった。
「シチリアの農園は」
「ええ、朝のうちにね」
 このことを答えたエリーだった。
「見たわ」
「そうか。それじゃあ」
「何処なの?それで」
「まあついて来てくればわかるよ」
 こう答えるマスターだった。

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