1部
6話
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ナルトとヒナタとの二体一の戦いもなんだかんだで回数を重ね、ヒナタが言うにはようやくナルトと廊下で会った時に会釈ができるようになったそうだ。少々奥手過ぎるきらいはあるが、なにナルトが十八になるまではそれなりに時間があるのだ。甥っ子に関しては気長に待つさ。
まぁ、それは一旦置いておくとしよう。そんなこんなで二人の相手をしていると、私も自己鍛錬が必要だと思う時がある。こういう言い方は年寄り臭くて敵わんのだが、若い者には負けられないとでもいうべき感覚が込み上げてくるのだ。
なので、久し振りに私も鍛錬をしようと思う。二人の相手をして手加減を覚えるのは重要だが、それで実力を落とすのではまるで意味がないからな。思い立ったら吉日、案ずるより産むが易し、そうと決まれば早速始めるとしよう。
というわけで私は池の中にいるのだ。私の鍛錬は自分の両足に重りを括り付けて池の底に足をつけ、水中に設置した的を離れた場所から柔拳の衝撃だけで破壊していくというのものだ。
これは柔拳のチャクラと衝撃を相手の内蔵に打ち込むという基本骨子の鍛錬に加え、水中での全身運動という意味で筋力面での効果もある我ながら中々良くできた鍛錬だと自負している。
水中では柔拳の衝撃は空気中より格段に伝わりやすいが、その分的までの水によって衝撃が分散し的へのダメージが減る。
つまり、分散してなお破壊できるだけの威力でなければならない。それが出来るようになれば人体に打ち込んだ時の威力はそれは大層なものになるだろう。
それに手を抜けば重りを解く時間が足らず、そのまま死ぬという本気でやらざるを得ない状況に自分を追い込めるというオマケ付きだ。人間、危険な状況に身を置くことでこそ何かを身に付けられるというものなのだよ。
それにしてもいつやってもこの水の中というのは動きにくい。速く動けば動くほどに体にまとわりつき体の動きを阻害する。
かと言って遅くすれば私の息が続かない。速すぎず、遅すぎずその匙加減は実戦でも役に立つだろう。
全力と手加減その両方を織り交ぜることで動きを読まれにくくなるのは確かであり、体術を主とする私にとってそれはかなり重要だ。
体術使いが動きを読まれるというのは文字通りの詰みと言えるからな。
などと考えている内に的の破壊が完了した。息苦しさから察するに一分半程で終わったようだが、如何せんまだまだだな。
理想としては用意しておいた三十の的を一分で壊したいのだが……一朝一夕ではそうもいくまい。
重りを解いて池の中から上がり、水中から顔だけ出して息を整えているとドッと疲れが押し寄せてくる。これをあと十九か……少々気が滅入るが鍛錬とはそういうものなのだから仕方ない。
千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とすとは言うのだからまだまだこの程度で根を上げるわけにはいか
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