龍と覇王は天前にて
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一片たりとて含まれていない。
漢の皇帝、劉協。
大陸唯一の絶対者にして、人とは隔絶された高みにある者。
劉協は顔を向ける事無く、中央に位置する玉座目掛けて、一つ一つと歩を刻んで行く。足音と衣擦れの音だけがやけに大きく聞こえていた。
どちらも途切れ、漸く、波立たぬ古池の如き静寂が訪れる。張りつめた空気は薄氷に等しい。言葉を一つ零せば、鋭利な先端が露わになるだろう。
「よい。面を上げよ」
少女ならば甘いはずの声音は、極冬に降り積もる雪のように冷たい。“人”を見据える視線は虫けらを見やると同じく、覇気とは別種にして、格上の高みから見下ろす威圧。誰も目を合わせる事も出来ない……たった二人、覇王と悪龍以外は。
不意に、劉協は目を細めた。じ……と華琳のアイスブルーを覗き込んだ。心の裏側までも見透かそうかと。
一重の瞬刻、劉協の瞳に感情が浮かぶ。猜疑に近い疑問の色が。
次に視線を逸らして劉表を見た。目を合わせているとも思えるが合わせていない。口元を見る灼眼は、二の句を待っているのだと分かる。
「……始めよ」
肩肘を立て、頬杖を突いた劉協から短く為された命に、劉表は拳を包んで一つ礼を行った。
「皇帝陛下、御健勝なお姿、何よりにございまする」
そんな一言から始まったのは、華琳にとってはまさしく茶番劇。
劉表の口から零されるのは、病に侵され、帝を救い出す為の連合に参加出来なかった事に対する謝罪の意。華琳くらいしか気付けない、作り上げた哀しみの声を全面に含ませてのモノ。
次いで、前皇帝の弁が身罷られた事柄に、涙を流して声を震わせ、所々で言葉を切りながら悔やみ伝える。
文官達からはすすり泣く声がちらほらと。劉表がこれまで行ってきた政策も好意に拍車を掛けている為に、文官の心は揺さぶられていた。
場の空気は同情に溢れ、漢の臣たるはやはりこうでなくては……と、色づき始める。
経験が違う。華琳と劉表では、王の仮面を被ってきた年数にも圧倒的な差がある。
人であれば必ずしも逃れ得ない、重ねた年月に対する期待。筆を持つモノにとっては官位と同等。二つ共を併せ持てば、敬い崇めるに値する。
――人が重ねた年月による経験は敬いと信頼に値する。しかし……固く閉ざされた思考と概念は打ち壊すべき敵ね。
華琳は内心で一人呟く。
彼女とて、年上を甘く見ているわけでは無い。人が成長する事を望む彼女は、理に適っていれば問題は無い。受け入れずに否定するモノや、固定概念で跳ね除けるだけのモノを除きたいのだ。
自身で考え、捻り出したモノを吐き出してこそ意味があり、長いモノに巻かれるだけを良しとしない。それが華琳の考えだった。
呆れから吐息を落としそうになる。ただ、自分に聞こえる程度に小さく鼻を鳴らした。そ
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