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トワノクウ
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第十六夜 かけがえのあるもの(一)
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 連れてこられた先は五重の塔だった。こんな高い建造物が堂々と森の中に建っているのに存在感を感じないのは、結界か術で目晦ましを施しているからかもしれない――と自然に推測できるほどに、くうはこの世に順応していた。

 くうは空五倍子の腕から下ろされる。土足で歩いてはいけない雰囲気の板の間だったので、入る前にブーツは脱いで、持ち歩くことにした。

 梵天と空五倍子は先に中へと進んでいく。裸足になったくうはためらった。人の家に上がる前の遠慮というやつだ。

「突っ立ってないで、入っておいで」
「は、はいっ」

 くうが小走りにそばまで行くと、梵天はするりとくうの背に腕を回す。男にしては細く人間より体温の高い指が、露出した背中に直接触れた。

「行こうか」
「……はい」

 自分を見下ろす翡翠色の目に吸い込まれそうになる。

(なんだろう、この感じ。よく知ってる気がする)

 ていねいに扱われてもそれを心苦しく感じたりしていない。
 朽葉と沙門に気遣われたり大切にされたりするほどに、申し訳なさと後ろめたさが募った。篠ノ女空はそこまでしてもらえるような人間ではないとくう自身が知っていたからだ。
 けれども、今のこれは、表面的には彼らと同じことをされているのに、今までのような苦しさが起きない。

(もっと落ち着いていて、安らぐ。いやな気持ちが全然ない。くうを大切にするのが当然の誰かを想い起させる)

 その誰か≠思い出す前に、くうは梵天によってある一室に案内された。

「ここ、何ですか?」

 見上げた梵天は、ただうっすらと笑んで心中を図らせない。作為的なポーカーフェイスに、くうは予感した――この部屋の中にあるものは、くうがほんの数刻前に得た心のよるべを打ち砕くだろう。

(表情を読ませたくないのは、考えを読まれたくないから。私がこの人の考えてることを知ったら私が傷つくと思ってる。だって、お父さんがそうだった)

 父親に照らし合わせての判断は偏っているだろう。だが、くうには梵天が自分の親に似た性質を持っているように感じられてならない。

「君に会わせたい奴がいる」

 梵天は誰何もせず引戸を開け放った。

 板の間には一人の青年がいた。

 部屋の中心、一段高い畳の上に敷かれた寝具に寝かされている、新緑色をした髪の青年。仰向けに横たわる彼の上にかけられているのは、布団ではなく何かの文字を書いた打掛。

 先に入った梵天に手招きされて、くうはとまどいながらも青年に近づき、かたわらにしゃがんだ。

 息すらしていないように思えてしまう、細い呼吸。寝返りどころか幽かな震えすらない手足。彼の眠りは無音としか言い様がない。

「いいんですか? お休みになってるんじゃ……」
「いいんだ
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