傘をおいて
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地獄では雨は降らない。
もちろん八寒地獄はいつも吹雪が吹き荒れているが、八大地獄は熱と炎による地獄なので、雨は降らない。
だからか、たまに雨に濡れたくなる。
「またですか、白豚さん。さっさと仕事をするか殺殺処に堕ちてください」
「うるせー今やってるだろ!」
「取り掛かりが遅いんだよ色ボケ爺が!」
桃源郷はうさぎ漢方・極楽満月。
注文していた薬を取りに来た鬼灯と、それを今作っている白澤。
日常と化している二人の喧嘩に桃太郎はもはやツッコむ気にもならない。
「まったく、与えられた仕事すら満足にできないとは。人としてどうなんですか」
「僕人じゃないもーん。神獣だもーん」
「なお悪い。…なので、期日を守れなかった罰としてそれが終わったら散歩に付き合いなさい」
鬼灯は抱いていたうさぎを降ろしてやると、俯き加減で呟いた。
すると白澤はぽかんとして、それからみるみる嬉しそうな満面の笑みになった。
「え、なにお前、僕と散歩したかったの?それならそうと言ってくれればよかったのに。素直じゃないなぁ〜」
「うるさい黙れ偶蹄類。雨が降ったときオマエが獣になれば雨宿りができるからだ」
赤らんだ顔を隠すように明後日の方を向く鬼灯に、機嫌を良くした白澤がなおも絡もうとする。
が、真っ赤な顔をした鬼灯に金棒で殴られて沈んでいった。
桃太郎は思った。
普段は喧嘩ばかりしていてそうは思えないが…
(そういやこの人たち、付き合ってるんだよな‥)
ケンカップル、というやつだろうか。
「にしても鬼灯様、散歩ですか?」
今は梅雨で、地獄と違って雨が降る天国ではここ最近は晴れた日は少ない。
(なのに、散歩?)
「ええ、散歩です。雨の中を傘を差して歩くというのも良いものですよ」
「はぁ、そういうものですか」
桃太郎と鬼灯がそんなことを話していると、薬を作り終えたらしい白澤が切れ長の目を笑みに形作りながら、薬を鬼灯に差し出した。
「はい、出来たよ〜」
「これ、なんの薬なんですか?」
なんとなくいつもの薬とは毛色が違う気がして、桃太郎は尋ねた。
「ああ、一種の抗うつ剤ですよ。獄卒の仕事で軽いうつになる鬼がいまして。梅雨は多いんです」
「まぁ、仕事が仕事ですしね…」
そこで鬼灯は、受け取った薬といつも持ち歩いている金棒を置いて立ち上がった。
「では、白澤さん。行きましょうか」
そう言って店から出ていく。満面の笑みを浮かべる白澤がその後を追う。
当然のごとく、傘は持って行かないらしい。
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