暁 〜小説投稿サイト〜
Eve
第一部
第一章
現実から虚実へ
[1/11]

[8]前話 [1] 最後
「……」
今日も、ここは晴れていた。
視界いっぱいに広がる、青々とした草が生い茂った大草原と広大な空。風の旋律が織り成す粒子の流れは、背高く生い茂った草原を騒めかせ、眼下に見据える俺の頬を撫ぜ、俺が凭れかかる柳の枝垂れた枝に葉を靡かせた。
いつ見ても非現実的なほどに清々しく、そして生き生きとした世界がここには広がっている。お日様の眩しい陽光も、柳の枝に葉を縫って木漏れ日となって俺たちに降り注ぎ、世界を今日も明るく染め上げた。
……少し、眠たいかな。
大きな柳の木の袂。よく俺たちが日陰で休みたいときに、いつものようにやってくるこの場所に、今日の俺の目覚めはあった。
草原の、小高い丘の上に一本だけ雄々しく伸びる一本の柳。周囲に春の涼風を遮るものもなく、自らのその身を幾十年も揺らし続けてきたのだろう。そんな孤独な生き様の中に、波打つような生命の躍動をひしひしと感じる。そんな一本柳だった。
今日も元気に枝に葉を揺らすこいつを見てるとね……何故か力が湧いてくるんだよ。今日もここに帰って来れたかって実感と一緒にさ。
……なぁ、イブ。
俺は俺の膝の上ですやすやと仰向けになって寝息を立てる少女の、その柔らかな頬に指一つで触れながら心の中で呟いた。
「……イブ。」
「……」
問いかけてみても、イブの返事はない。ただ気持ちよさそうに寝息を立てて、目蓋をきゅっと閉じては、時折その長い睫をぴくんと震わせた。
俺が起きた時には、もうこの状態だったからな……眠かったんだろう。
この場所が、春の涼風と丁度良く暖かい木漏れ日の組み合わせが心地よいいってこともあるんだとは思う。
にしてもだ。以前に『春眠暁を覚えず』と、そんな言葉をイブから聞いた気がするんだよな……。確かに、俺自身もこの陽気をもろに食らっていれば、そりゃ眠くはなるけれどもさ。でも、その言葉で俺に惰眠はいけないよと釘を刺してきた当の本人が俺の眼前で、しかも本人の膝の上で気持ちよさそうに惰眠を貪るとはどういう了見なのか。小一時間と言わずに、一日中ずっと問い詰めたい。
俺はイブの細やかで長い。俺の膝から草木の上に放射状に広がる髪を指先で絡め、二・三回巻きつけながら、ゆっくりと毛先に向かって指を引いた。
でも俺は、今はこの清々しい陽気に包まれて眠るよりも、この清々しい陽気に囲まれながら春眠に耽るイブの。その髪や肌に触れていたいって気持ちの方が圧倒的に強くて……。
だから、イブを叩き起こしてまで何かを言うつもりもない。わざわざ起こすようなこともない。ただ、イブが目を閉じて俺の膝の上でその身を任せてくれている、この間だけでも……俺は絶やすことなくイブの髪。肌。その肌に纏う装飾に触れていたかった。
……イブ。
イブの小さな、ぷっくりと膨らんだ薄桃色の唇に、俺は人差し指を軽く押し当てる。
「……ん。」
[8]前話 [1] 最後


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ