オーバーロード編
第4話 兄は困憊、妹は心配
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上層部への通信報告を終え、貴虎は長い溜息をついた。
(碧沙の血清だけでは人間に戻せない人々。角居裕也が特例だったのか。何にせよもう覆せないのか――)
デスクに両膝を突き、組んだ手に額を当てた。
傍目には変わりばえのない業務連絡でも、それは刻一刻と呉島貴虎の精神を追い詰めていた。
「辛そうだね、兄さん」
はっと顔を上げた。不覚だった。いくら光実が相手とはいえ、部屋に他者が入って気づかないなど。相当に疲れている証拠だ。
「いや。これは俺が背負うべき罪だ」
貴虎はデスクを立ち、近寄ってきた光実の正面に立った。
「特別な地位や力を持つ者には、相応の義務が課せられる」
「碧沙の体質は『特別』だから、プロフェッサー凌馬に研究されるのが義務ってことみたいに?」
「――、そうだ。現に角居裕也を人間に戻すという成果が、碧沙を研究することで得られた。成果が出た以上、もう後戻りはできない」
呉島碧沙には人類の尊厳が懸かっている。人が人のままでいられるか否か。
もはや兄妹であっても、貴虎や光実にも口を挟む権限はない。
「俺にもお前にも、いずれもっと大きな決断を迫られる時が来るかもしれない。プロジェクトアークはまだ続いているんだからな。覚悟を決めることだ」
「覚悟――」
弟にするには早い話だったかもしれない。無表情の下、貴虎は舌打ちを堪えた。
――本当ならば弟にも妹にも、このことは知ってほしくなかった。全てが始まる10年後に打ち明け、苦しかろうと説得してドライバーを渡すつもりだった。
だが、光実は自らユグドラシルに踏み込み、碧沙はその体質ゆえにユグドラシルに囚われざるをえなくなった。
貴虎は光実に背を向けてガラスの外面を見やった。映るのは自分の姿と、ネオンがきらめく沢芽の街。
不意に、背中に何か温かいものがぶつかり、脇が締められる感触がした。
光実が貴虎を後ろから抱き締めたのだ。
「光実?」
「碧沙から伝言。『光兄さんと貴兄さんは二人でわたしの「兄さん」なんだからね。どっちも欠けちゃだめ。辛い時や苦しい時は休んでね』だってさ」
「――伝言には『これ』も含まれているのか?」
「当たり前でしょ。でなきゃ僕、こんなことしないよ」
貴虎が光実の腕に触れる前に、光実は貴虎から離れた。
「確かに伝えたからね。じゃあ、僕、先に帰るから。仕事は程々にね」
光実は声をかける隙も与えぬ早口で告げてから、歩幅も大きく部屋を出て行った。
貴虎は溜息をついた。凌馬が見ていたら「シアワセが逃げるよー」と言われかねないが、この部屋には貴虎一人しかいない。
このプロジェクトに弟妹を携わらせてから、自分は弱くみっともない部分ばかり見せている気が
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