第17話:ただ自分を超えるために(2)
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しく出来上がるといいですね」
「何言ってるのよ」
ふふ、と声が絢辻先輩の方から漏れた。おそらく、絢辻先輩は笑っていたのだろう。
それは無理のある笑顔でもなく、俺に意地悪をして楽しむ顔でもなく、無垢で綺麗な笑顔のような気がした。単純に俺は思いたかっただけかもしれないけど。
笑い声が聞こえなくなり、
「そうね、いまの自分が嫌なら―――」
「――いまの自分を越えるしかないんですよ、先輩」
と、俺はぼそりと呟いた。その呟きは、プールの中の様々な音の中でかき消され、誰の耳にも届かなかった。
相当長い間考えていたのか、既に招集員は男子100m自由形の招集を始めていた。少し急ぎ足で、俺は一緒の種目を泳ぐ先輩や同期と合流した。先輩の一人が俺の姿を見つけたのか、近づいてきて俺の方に近づいてきた。
「よう遠野、やっとこっちに来たか」
「すみません、遅かったですか」
「いや、来たのはいい時間だな。それよりもお前さ、その、大丈夫か?」
俺を気遣うような歯切れの悪い調子で先輩は言った。
その先輩の言葉の意味が何なのかよく分からなかったので、俺は先輩に訊き返した。
「大丈夫か、って何がですか?」
「いや、思いつめた顔をしていたからさ。 少し心配していたんだよ。声掛けても反応しなかったし、集中しているのかもしれなかったからさ」
辺りに視線を移すと、チームの仲間が気遣わしげに俺を見ていることが分かった。どうやら先程の姿を見られていたようだった。先輩や同期からは、少し思いつめているように見られたらしく、心配させてしまっていたようだ。
「何にもないですよ。今日の泳ぎの確認と集中をしていただけです。大丈夫です、問題ありません」
「……なら、お前の言う事を信じるわ」
それ以降、仲間たちは自分の試合に集中するため、それ以上の追及は無かった。俺も腫れものを触るような事をされるのは望んでいなかったので、その対応はありがたかった。
やがて仲間たちは、招集され競技を行い、俺の組のレースが始まろうとしていた。
『続きまして男子100m自由形、最終組の競技を行います』
スタート台に昇るよう笛が短く4回、そして長く1回吹かれた。
俺は、天井を仰ぎ見て大きく深呼吸を一回した。瞼を下ろし集中を始めると、やがて周囲の歓声が耳に入ってこなくなった。
――いまの自分が嫌なら……
――自分を越えるしかない
目を開いて前を向き、スタート台に両足を乗せた。その感触と心地よい緊張感に気分が少しずつ高揚していくのを胸の高鳴りで感じた。
そのまま、右足の指をスタート台に掛けて、いつものクラウチングスタイルのスタートのポーズを取った。胸のド
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