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今宵、星を掴む
第1部 戦後の混乱と沢城重工
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た。しかし、裕也の心はその可能性に震えた。

 「まあ、こんなものだ」

 スコットが肩をすくめた。裕也も頷いて同意を示した。
まだ可能性にしか過ぎないのは、事実だったから。それは一方で、まだできることが多いことを示している。
 
 「この調子だと、月に行けるのはあと100年後か」

                     ◆
 
 1944年8月15日正午 満州・大連郊外

 《本日正午を以て、大日本帝国は連合国との戦闘状態を一時的に停止し―――》

 ラジオから流れてくる音声が告げている内容を裕也が理解するのに、少し時間が必要だった。それは設計室のデスクに座る技師たちも同じようで、作業の手を止めて蒼の放送に聞き入っている。
 負けたのか、の一言だけが頭をよぎった。
 確かに6月に行われたマリアナ沖の戦いで海軍は大敗し、陸軍もサイパン島とテニアン島の双方で苦戦していると聞いていた。絶対国防圏の一角が破壊され、連合軍の圧力が日増しに高まっていることは、虚飾にまみれた大本営発表でも隠しおおせてはいなかった。加えて沢城重工は軍需企業である。満州に本社を置き、陸軍向けの航空機や車両、噴進弾を納入している関係で、前線の戦況情報は内地の一般国民よりも正確に分かっていた。
 それでも、負けるとは思っていなかった。
中国戦線はまだ維持されており、重慶に引きこもった蒋介石に指揮された国民党軍に対して、帝国陸軍は優位に戦いを進めていた。現在も長江沿いに進撃を続ける主力部隊は、大陸の奥深くまで攻め入っているはずだ。しかも、満州では7月に巨大な油田が発見されている。
 まだ戦える、そう思っていたところで、この放送を聞いた彼らは、浮き足立っていた。

「社長……」

 今年入社したばかりの割に、額の広さが目立つ若手の社員だった。その手には彼の所属する部署で設計している歩兵用対戦車噴進弾の設計図が握られていた。
 6月から先行量産が開始された武器の改良案だろう。命じられていた作業が終わったことを知らせに来たところで、放送を聞いたようだ。

 「俺も分からんから、とりあえず飯食ってこい。みんなも、ほら、飯の時間にしよう。ほら、これでいいものでも食ってこい」

 裕也は頭の整理をするために、そう言って財布を設計室の室長に持たせて、そこに居る全員を下げさせた。
台の上におかれた設計図が風に舞って裕也の足元に落ちた。その図面は2つの燃料タンクと燃焼室、ノズルを持った兵器のものだった。もっとよく見れば、弾頭部の姿勢制御用ジャイロや特別な信管の注意書きも見ることができた。
 裕也は設計図を拾い上げて一瞥すると、おもむろに破り捨てた。高ぶった気持ちを抑えられず、何事かを叫びながら、整然と並べられた台を乱暴に倒し、椅子を窓ガラスの外へと
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