願いの刃は殻を割く
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のに?――
頭に響いた自問の声が、彼女の心を冷やして行った。
思い出す。自分が決めた事を。もう何も、秋斗に背負わせたくなかった。
――そうだ、私は……嘘つきでいい。
「分かりました。私から彼に伝えておきます。“戻った時”に、必ず……」
一つ、二つと嘘を重ねる。自分にも、周りにも。まるで彼のように。
「ありがとうございます。そして……ごめんなさい。鳳統様にこんなお話をしてしまって。今の徐晃隊は鳳統隊として、次の戦で何かする為に準備しているんですよね。軍の事や戦の事は分かりませんが、どうか……夫をよろしくお願いします。私は徐晃様と鳳統様が作る世を信じています。そしてどうか……どうかあなた方お二人も、幸せになってください」
されども、向けられた想いは雛里の心を引き裂いていく。
あの時を……絶望の戦場に辿り着く前に、漸く彼と想いが繋がったあの幸せな時間を……思い出させる。
副長達の声が頭に響いた。自分達二人を祝福してくれて、幸あれ、と願ってくれた声。自分達二人にも幸せな時間が確かにあったのだと証明してくれる彼らは、もう居ない。
瞬刻の平穏な時間はまるで夢か幻のよう。彼女の心の内にしか、その事実は刻まれていない。
嗚呼、と雛里は心の内で冷たい哀しみを零した。
もう、彼女は求める事を我慢できなかった。夢の中だけで何度も言った言葉を、自分の意思で、心の内に落としてしまう。
――会いたい、です……秋斗さん。会いたい……です……
壊れそうになりながらも涙を零さずに、雛里は笑った。きっと嘘つきな彼ならそうするから、と。
「あの人は鈍感さんですから、振り向かせるのが大変です」
目の端に乗っていた雫を取り払った意味を、頭を下げていた部隊長の妻は知り得なかった。
部隊長は秋斗が戻ると思っているから、よかれと思って妻と話させた。
桂花が自分を気に掛けている事を知っている雛里には、もう泣きじゃくって頼る事も出来なかった。
彼に戻ってほしくとも戻したくない雛里にとって、その日に受けた幸福を願う優しい刃は……残酷に過ぎた。
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