第十三章 聖国の世界扉
第一話 差し伸ばされる光
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でピクリとも動かなかった本棚が、ゆっくりとズレていく。重々しい響きと共に動き出した本棚の裏から現れたのは、壁に埋め込まれた一つの大きな鏡。高さは二メートル、幅は一メートル程の楕円形の鏡であった。
「これは?」
アンリエッタが本棚に寄りかかり、大きく息をついているヴィットーリオに尋ねる。
「わたくしの使える“奇跡”は、手に触れられるようなものではありません。ですが、目に見えるものです。これは、そのためのものです」
「……使える“奇跡”ですか」
口の中で呟いた声は、誰の耳にも届いてはおらず、アンリエッタの細めた視界の中、ヴィットーリオはジュリオから渡された聖具を模した杖を持って呪文を唱えている。耳に慣れない、しかし、何処かで聞いたことのあるような、長い、長い呪文であった。
ヴィットーリオは、賛美歌のように美しい調べで呪文を紡いでいる。
ユル・イル・クォーケン・シル・マリ……。
歌うような、祈るような、呪文。そんな耳に慣れた、知るものとは全く違う呪文を耳にしながら、アンリエッタはこれから起きるだろう事に対し、身構えるように強く、深く息を吸う。何度か息を吸っている間に、呪文は完成したのだろう。執務室に満ちていた詠唱の声が消えていた。鏡の前に立つヴィットーリオが、手に持った杖を、優しく振り下ろす。杖の先にある鏡に、まるで祝福を与えるかのように。
効果は直ぐに現れた。ヴィットーリオが杖を振り下ろすと、直ぐに鏡が光りだしたのだ。強く輝きだした光だが、唐突に光は掻き消えてしまう。光の消えた鏡。だが、良く見ると、鏡に何かが映り始めている。明らかにこの部屋とは別のものだ。
鏡に映った光景を前に、アンリエッタは驚愕に目を見開いた。
「―――ッ、ぁ……」
愕然とした声が、細く開いた口元から絞り出されるように零れ落ちた。
驚愕に震えるアンリエッタを横目で見たヴィットーリオは、満足気に頷くと手に持った聖具を模した杖で床を叩いた。カンッ、と甲高い音が響き、ハッと我に返ったアンリエッタは、ヴィットーリオに顔を向ける。
「……これは、まさか、“虚無”、なのですか」
質問ではなく、確認の意を込めてアンリエッタはヴィットーリオに問いかける。アンリエッタからの問いに、ヴィットーリオはその美しい顔に薄い笑みを浮かばせ口を開いた。
「まだ、真の信仰がこの地に広まっていた古代、呪文とは、ただ魔法を使うためのものではなく、神への祈りの言葉でありました。神へと祈りを捧げ、奇跡を行使する。そう聞くと、まるで貴族は全て神の使徒のようですね。ですが、信仰が地に落ち、神への祈りを捧げるものが減った、今のような時代であっても、その本質は決して変わることはありません。いえ、あってはならないの
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