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【短編集】現実だってファンタジー
それが君の”しあわせ”? その2
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ではない。

そんな姿になって、如何にも辛そうにしているのに、それでも彼女は小皿に乗った麻婆豆腐を間食せしめんとスプーンを進める。豆腐と一緒にあるあの赤い管のようなものは、輪切りにされた唐辛子。豆腐に沁み込むのも唐辛子や(ジャン)。ひき肉の味付けも、言わずもがな。
どう見ても待っているのは苦痛だ、苦痛以外の何物でもない。ただ辛い物を辛いと思い知って苦しんでいるだけで、そこに楽しさや美味しさが介在しているようには、悟子には見えなかった。



 = =



圧倒的、痛覚。

口を進めれば進めるほど、口内の敏感な神経たちが一斉に刺激の針を突き刺されて絶叫に近い痛みを脳へと送り込む。そのスプーンが触れる事に痛がり、熱を持っている事に痛がり、食材が舌の上に乗ったその事実に痛がり、そしてその食材が内包する刺激物に悶え苦しんで痛がる。

咀嚼の度に動かされる刺激物たちは否が応でも口の中を暴れまわり、食材を急いで飲みこみたい衝動に駆られる。だが、それは許されない。麻婆豆腐の中和剤としてクッションの役割を辛うじて果たしているご飯があるからだ。この最終防衛線にして城壁である筈の食材が、逆に咀嚼という一要素を齎して効率増加やダメージ軽減の妨げになっていた。

このご飯なしで、あの真赤な痛みをそのまま液体にしたような物質に対抗するのは余りにも無策、愚か、そして恐怖。今でさえこれほど苦しみ赤く腫れあがっているこの口が、ご飯の障壁を失うことでどれほどの損害を受けるのか、予測不能。予測不能とは、是非の話ではなく、ダメージ増加量の話である。

そして何よりも憎いのが、麻婆豆腐そのものの旨味。
一つ事実を語るならば、この麻婆豆腐は旨い。その旨さが――肉の甘味やとろみ、塩加減、豆腐に沁み渡った至高の美味こそが最も曲者。旨いものを人はいつも求めている。かつて日本人が生魚を食べるための文化を異常発達させたのは、生魚が美味であることを知ってしまったからだ。一度覚えた味を人は忘れられない。三大欲求が一つを刺激するこの味覚こそ、もだえ苦しむこの口に次なる痛みとそれに伴う歓喜を受け入れよと手を動かすのだ。

痛い、痛い、痛い―――でもおいしい。

腫れあがり、血流を加速させる毛細血管の収縮を促すように氷でキンキンに冷やされた水を煽る。煽る。何度も煽る。これで痛みが麻痺した、と思った瞬間にご飯と絡ませた麻婆豆腐を喰らう。喰らった瞬間に食材の持つ熱が冷えた患部を再加熱させ、口内に激痛。

脳が叫ぶ。
これ以上それを食べるな、それは危険だ。
食欲が叫ぶ。
食え。かっくらえ。それはお前の求めるものだ。

ご飯を口に布け。冷え切ったご飯が口の中をわずかながら防衛してくれる。しかし、ご飯が無い。食べきった。お冷がない。テーブルサイドのボトルが空っぽだ
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