夜明けと夕暮れ、秋色に
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木目の盤上には白と黒が彩りを与え、鳴り響く乾いた音は部屋の静寂に張りを加える。
圧倒的多さであったのは黒。パチリ、と慎ましやかに置かれた一つは、長いロングヘアーの黒髪をワンサイドアップに括った少女の一手。
むむむ……と眉を顰め、わざわざ声に出す赤い髪をした女は……投了の為か、じゃらじゃらと手に持っていた白を盤上に降らせた。
「あー、負けちゃった。やっぱりあたしなんかじゃ夕の相手にはならないかー」
悔しさが欠片も感じ取れない飄々とした声音。負けるのは当然だ、と言わんばかりであった。
仕事も終わり、寝る前に気まぐれに打った碁での一局。ぽりぽりと頭を掻いて天井を見上げる明と、盤上を見つめ続ける夕。二人は対照的に過ぎた。
「どったの?」
「……次の戦は官渡。周辺で重要な拠点は三つ。延津と烏巣、白馬。侵攻する側だけど、どう防衛するかが私達の問題となる。二つ取られたら敗色が濃い……けど、二つ取られても官渡を落とせたら私達の勝ちは大きくなる」
急に話されたのは次の戦の事。まるで未来を見て来たかのような話しぶりには、明はもう慣れていた。
夕の頭脳は袁家でも飛び抜けている。且授の教育の成果もあるが、地頭というのは人として生まれた時点で逃れられぬモノ。
桂花を簡単に抑えられるように見える彼女。しかしながら、実は地頭の差はほとんど無い……と二人を隣で見ていた明は知っている。
あるのは一つ。“悪意”の差である。
策に嵌める。それは誰かが得をして誰かが損をするという事だ。自分達が得をする為に人を使い、陥れ、落とし、堕とす。悪意が大きければ大きい程にその知略の幅は広がり、味方だけに非ず、敵の策をも読み取る思考と為せる。
自分がされて嫌な事を相手にするな、と誰もが言う。それを翻し、策と為せるモノ達もまた、軍師なのだ。
「でもさ、兵糧の問題はどうするの? 変わらずに長期戦略を取るって言ってたけど、また十万を超える兵数を動かすわけだから、確実に足りないよ?」
寝る前の一局は夕が思考を研ぎ澄ませる為のスイッチとしての役割を果たし、それも終わった。
盤をそのまま、明はすたすたと歩み寄り、夕を抱き上げた。為されるがままの彼女を寝台に連れて行く。
「黒山賊の頭領を曹操に滅ぼさせたのが生きてくる。頭領を失ったあいつらの備蓄がもうすぐ奪える。糧食は言わずもがな、溜め込んだ金品の接収で他国からの食糧買い取りも予定通りに。
曹操は黄祖の件があって龍が動くから私達が攻めるまで動けない。その間に曹操の領内の糧食を多少の無理をしてでも買い取る。民に回る食糧が減れば、自然と兵に回す分を動かすしかない。だから、相手の兵数は当初の予定よりは減る。烏丸を追い払って幽州の掌握も落ち着いた。そこから捻出すれば私達の食糧も十分足りる」
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