志乃「兄貴、ごめん」
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た事無いように思えるが、志乃の気迫と相手に対する怨念は、当時の俺もゾッとしてしまった。まさか、あれが俺達の疎遠のきっかけになるなんて、思ってもなかったのに。
「志乃、あいつの事、思い出したか?」
小声でそう聞くと、志乃は少しして頷き、相手の名前を口から零した。
「恐らく……」
そして、一拍置いて志乃は真剣な顔をしてその名を口にした。
「本山ね」
「それはうちのクラスのビッチだろうが」
「なら、多利間ね」
「名字だけかよ」
しかも「なら」とか言っちゃってるよ。完全に当てずっぽうじゃん。
だが、志乃が自分の事を思い出したのを嬉しそうにしながら、女――多利間は言葉を吐き出した。
「久しぶり、葉山さん。ピアノは辞めたの?」
まるで長年会っていなかった友に会ったかのような朗らかな声だが、ここからでは顔がぼやけて実際どうなのかが分からなかった。
「ピアノはまだ弾いてる。私、ピアノは好きだから」
そう言う志乃の顔は、先程とは違い、いつもの無表情スタイルに戻っていた。あくまで相手に乗る気なのだろう。
「ふうん。で、今日はお隣のお兄さんとデート?」
「それはないね。まあ、楽しいけど」
多利間のバカにした言葉に、志乃は意外な対応を返した。というか、今ちょっとだけ志乃の心が見えたんじゃないか?いや、今は後回しだ。
そこで、俺も会話の中に入る事にした。
「で、お前はここで何をしてたんだ?」
「まぁ、いろいろ事情があるんですよ。葉山さんに会いたかったっていうのもあるけど」
「私に?」
「ええ。でも、やっぱりいいや」
そう言うと、静かにこちらに向けて歩き出した。そして、ライトに照らされた多利間の顔を見て、俺は普通だなと思った。
少し茶髪じみたショートで、制服は街にある女子校のものだった。地味を具現化したような風貌だが、中身まで同じだという保証はない。
そう思って、俺は志乃に危害が加えられないよう、身体を僅かに前のめらせる。何かあったら、俺が前に出てやる。そんな勝手な想いが勝手に働いた結果だ。全く、俺って奴は。これじゃシスコンと言われてもしょうがない気がする。いや、断じて違うんだけどさ。
「貴方達、二人してどこに行ってたの?なんか重そうな物肩に提げてるけど。お兄さんなんて、でっかいの持ってるじゃない」
「多利間さんには関係ないから」
「あっそ。まぁ、別にいいんだ」
多利間は真正面からこちらに近付いてくる。だが、警戒はすべきだと思う。こいつ、前会った時よりも落ち着いてる。あの時は、人を挑発しまくって最終的にホールで悲鳴上げて家族の前で大泣きするなんていう役者じみた事
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