志乃「兄貴、ごめん」
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「久しぶりに見ると思ったら、随分仲良くなったのね。兄妹から恋人に昇格した?」
俺達が歩いている道の前から、嘲りの言葉が浴びせられる。志乃は言葉を引っ込め、前を見据える。
陽が落ちるのが早いこの時間帯は、さっきとは違い、辺りが暗い。街灯が点き始め、ついに夜を迎えたのだと感じる。
前にいるのは女だった。どこの制服だか分からないが、全身を学校指定のブレザーで纏い、手には青い直方体の箱を持っている。あれは、最近流行りのノートとかを入れるプラスチック製のケースだ。
夜の暗闇が街灯の光で照らし出されるものの、女はその空間の一歩後ろにおり、ギリギリ見えづらい位置にいた。
ただ、確かなのは俺達に向けて言葉を吐き出したという事と、俺がその声の主の顔を思い浮かべられないという事だけだった。女の位置は、ここからは丁度顔が見えず、どんな顔つきをしているのか、どんな感情を抱えているのか読み取れない。ただ、喜怒哀楽のうちの『喜』と『楽』ではなさそうだった。
だが、俺の隣にいる妹は、その声を聞いて眼光を鋭くさせた。しかし、それは束の間で、次には顔を曇らせ俯いてしまった。
相手は志乃の知人?誰だ?少なくとも、あんなムカつく台詞を吐き出す友達はいないと思っていたが。
過去に、それも数年以上前の記憶を漁り、志乃の知り合いの顔を浮かべる。俺自身、志乃の友達と喋る機会なんてほぼなかったから、恐らくピアノ関係だ。
志乃が通ってた塾の生徒か?志乃の技術の高さに勝手にライバル心を抱いてた、とか。だったら俺は知らないんだけど。
そうして模索していると、志乃が隣でボソッと呟いた。
その目は虚ろで、今を見ていないような錯覚を感じる。さっきまでの志乃とは大きく違った。
だが、次に発した言葉が、そのシリアス的な雰囲気をぶち壊してくれた。
「……兄貴、あの人誰だろ」
……お兄ちゃん、困っちゃうな。
そして、小さな声で呟いた筈の志乃の言葉に、向こうの女が反応した。
「もしかしてショックで忘れちゃった?まぁしょうがないよね。そのせいで、隣のお兄さんと不仲になっちゃたんだからさ」
その言葉は、突如俺に過去のビジョンを映し出した。
そうだ、あれは志乃が中一だった頃の……俺はそれを今までずっと覚えていた。なのに、こうして言われないと出てこないなんて、なんだか自分自身に苛立った。
なら、あの女の事は俺も知っている。あの時、志乃を挑発し、支えの効かなくなった志乃に暴言を吐かせた――その言い方は被害者面している気分だが――クソ野郎。
――『うるさい!黙れ!兄貴は私を裏切ったんだ!』
あの時、ピアノの会場での小規模な乱闘で取り乱した志乃が発した言葉。一見してみれば大し
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