暁 〜小説投稿サイト〜
ムラサキツメクサ
第一章
[2/2]

[9] 最初 [2]次話
何を隠そう私は巨人がこの世で最も嫌いだ。巨人の惨めな敗北を見ることは私にとって御馳走を食べるようなものなのだ。病み付きになっている。
「パリーグファンでアンチ巨人とは」
「アンチ巨人は僕の絶対の信条ですから」
 私はまた笑ってマスターに答えた。
「これだけはね」
「いや、それこそが真の野球ファン」
 お世辞で泣くこう述べてくれた。
「そうでなくては。おかげで楽しい気分になりましたよ」
「巨人がお嫌いですね」
「大嫌いです」
 予想された返答が返って来て何よりだった。この言葉を聞くと本当に元気になる。
「本当に崩壊して欲しいですよね、球界の為にも」
「全くですよ。まあ今日は巨人の試合を見に来たのではなく」
「ソフトバンク対日本ハムを」
「まあそれもありますが」
 それだけで来たのではなかった。理由は他にもあった。
「北の美女を見に」
「ほう、プレイボーイですね」
「いやいや、これは冗談です」
 実は観光だ。確かに北海道の女の子にも興味はあるがそれはまたその次だ。とりあえず苦笑いで今のジョークを引っ込めたのだった。
「冗談ですので」
「ふむ。しかし今の御言葉でですね」
「はい」
「一つ。面白い話を思い出したよ」
 マスターはにこにこと笑って私にこう述べた。
「面白い話?」
「実はですね、私はアイヌなのですよ」
「ああ、成程」 
 それを聞いて納得した。道理で肌も白いし髭も濃い筈だ。だからといってこうまでパバロッティに似ているというのはないだろうと思っていたが。
「そうですか」
「ええ。そのアイヌの古いお話ですが」
「どういったものですか?」
 コーヒーを右手に持って口をつけながらマスターに問うた。白い店の中で黒いコーヒーの香りが漂う。外の涼しげなのとその熱さもまた何か絶妙までの対比に思えた。
「恋人のお話ですが。どうでしょうか」
「そういった話は好きです」
 私はにこりと笑ってマスターにそう述べた。コーヒーの甘さが口の中を支配しているせいかどうにも言葉まで甘くなっているのがわかる。苦い中の甘さ、それがコーヒーの甘さだった。
「ですから宜しければお話下さい」
「わかりました。それでは」
「ええ」
 マスターは一呼吸置いて話をはじめた。私はその話に忽ちのうちに引き込まれていったのだった。まるで夢の中に落ちていくように。

[9] 最初 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ