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雲は遠くて
9章 恋する季節 (2)
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9章 恋する季節 (2)

先週の日曜日、下北沢駅の(となり)の、
池の上駅(いけのうええき)の、すぐ近くの、
『スリーコン・カフェ』で、川口信也は、清原美樹から、
突然、()げられた。

「ごめんなさい。わたし、松下陽斗(はると)くんと、
おつきあいを、していくことに、決めました。
ほんとうに、ごめんなさい。信也さん」

美樹は、頭を下げて、そう、信也に告白した。
美樹の瞳には、涙があふれて、
からだは、かすかに、ふるえた。

「・・・わかったよ、美樹ちゃん。・・・美樹ちゃんが、
陽斗くんと、おつきあいして、それで、
幸せになってくれるんなら・・・。
おれだって、うれしいはずさ・・・きっと。
・・・愛ってさ、愛っていうものは、
好きな人のことを、幸せにしたいっていう、
その気持ちが、1番大切なはずだよね。
・・・かっこつけちゃっているみたいだけど。
おれは、いつだって、美樹ちゃんの幸せを、
願っているよ。
・・・だから、美樹ちゃんも泣かないで・・・。
きょうは、ありがとう、美樹ちゃん。
美樹ちゃんが、メールとかじゃなくて、
おれと会って、いいにくいことを、
がんばって、話してくれたことが、
おれは、すごく、うれしいよ・・・。
これからも、ずーっと、よろしくね」

「・・・うん、わたしのほうこそ、よろしくお願いします。
でも、ほんとうに、ごめんなさい、(しん)ちゃん・・・」

美樹の頬につたわる涙は、とまらない。
美樹はそれをハンカチでおさえる。

「しかし・・・、美樹ちゃんって、
きっと、永遠の、おれの天使なんだよね。
こんなふうに、涙で、顔がくしゃくしゃの、
泣きべそな、美樹ちゃんも、
すごっく、かわいいんだもん」

「信ちゃん、ったら」と、美樹に笑顔がもどった。

ベストのパフォーマンス・・・。そうだ、今夜は、
美樹のためにも、おれのためにも、
こうやって来てくれたお客さんのためにも、
最高の演奏をしなくちゃいけないんだ。
くだらない、悲しみなんて、吹き飛ばしてやるさ。
それが、おれらの、ロックンロールなんだから・・・。

川口信也は、そう思った。
最前列のテーブルの、美樹と姉の美咲の姿を、
しばらく、見つめながら。

「それでは、オープニンング、ビートルズのナンバー、
オール・マイ・ラヴィング (All My Loving)!」

川口信也が、リードボーカルを担当して、
アップ・テンポな、『オール・マイ・ラヴィング』を、
ポール・マッカートニーのような、太い高音で、(うた)う。
バッキング(伴奏)のコードを、
オルタネイト・ピッキングの、3連符で、(きざ)みながら。

高田翔太は、美しいメロディーラインの、
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