のつぶやき |
2016年 06月 12日 (日) 00時 13分 ▼タイトル 妄想物語21 ▼本文 振り返ってみれば、碌に目立つ特徴もない男になっていた。 いや、別に飛び抜けて没個性という訳ではないと思う。努力家とか、周囲の仲を取り持つのが上手いとか、公園で紙芝居を見るのが日課だったとか、肉があんまり好きではないとか、そんな人とのちょっとした違いはある。当たり前に存在する自分と他人の差異は、探せばもっとたくさんあるだろう。 しかし、もっと広義の――例えば出身地である『朱月の都』という地域的な括りや、近所、クラスなどの複数の人間が共通の価値観を持つことで構成された集団の中にあって、それを構成する部品の一つとして見れば、所謂「はみ出し者」とか「変わり者」に含まれるほど異端的な扱いを受けたことはない。 節度ある協調性を持って普通に過ごしていたら、普通の存在になっていた。 珍しくもないことだ。自分でも、呪法師などという道を目指す前まではそれを意識することもなかった。 そして今、自分はその大きな括りの枠をはみ出した存在となっているのかもしれない、と思う。 『普通』の人と『欠落』持ちの人の間にはもっと根本的な――心の根っこの部分でしっかり符合する同族意識のようなものがずれている。同じ姿、同じ文化、違う個性、条件はほとんど同じなのに、彼等の真っ新な心にぽつんと空いた小さな穴が、その隔たりをより大きなものとする。 その根底にある意識が、いつもトレックという人間の在り方を阻害する。 自分は、普通の人間として育ってきたのだ。羊のなかで、羊として生きてきた。 しかし、自分には呪力があった。『欠落』の証たる呪力――羊ではなく狼たる力。仮に自らの身体が狼であったとして、それまで自分が羊だと思って生きてきた狼は、果たして狼の群れで上手くやって行けるか? (その答えが、俺の今か……ホント、呪法師の道をもっと早く諦めてたほうが良かったか……?) とは言うものの、『朱月の都』で安定した収入を得るのは簡単な事ではない。大陸の文化的中心である『朱月の都』には表立った産業がないため、食い扶持争いは他の都より激しい。簡単な話が、職業による賃金の落差がかなり激しい。 レグバ元老院やアデセコワ商会傘下の企業などが高い社会的地位や収入を得る半面で、日雇いの職ではその日を食いつなぐのが精いっぱい何てことも珍しくない。特にここ100年ほどは完全失業者の貧民化が進み、皮肉にも大陸外の宗教家たちが彼等の命を炊き出しで繋いでいるケースもある。 『大陸の結束は失われつつある』。一般人の間では上手くいかない世の中に対する言い訳のように、そして元老院や教会では対呪獣体制の崩壊を招きかねない現実的な問題として横たわる。 これまでは呪獣を大陸の民共通の敵として一丸となっていたが、その同族意識は皮肉にも「普通」と「欠落」の二種に分裂したことで希薄になり、そこから更に大陸外の思想が広がり細分化。今では呪法教会の資金的な締め付けもかなり煩くなっている。 「普通」の人間の見ようによっては、呪法教会という組織は、安全圏である結界の外にいる接触の必要もない敵を態々倒すために民の金や資源を消費し続けていることになる。つまり、「戦う必要のない相手と戦うために大量の金を喰っている」組織と解釈することが出来る。 しかもその構成人員は全員が『欠落』を持った普通ではない精神構造を持つ人間で構成されているとなれば、一般人の認識との壁はさらに大きく、分厚くなって両者を隔ててしまう。この大陸に、呪法教会など存在しなくともいいと本気で考えている人間が現実に存在するのだ。 トレック達呪法師はそんなことは微塵も考えない。 呪獣と言う存在は2000年以上が経過した今でも依然として人類の天敵だ。正体も掴めないし、進化の兆しすらうかがえる。実際にその姿を視認して襲われれば、口が裂けてもそんなに愚かしい事は言えまい。世界を蝕む圧倒的なまで存在感(リアル)が、呪獣を無視することを許さない。 対して一般人は呪獣を直接見ることがまずない。呪法師たちが当たり前に感じる事の出来る存在感(リアル)を認識することが出来ない。だから呪法教会が必要ない等と愚かしい思想を持つ余裕がある。 嘗ては人々の夢の結晶であった五行結界が、今では呪法教会の足枷になる。 その現実を知ってしまった今、トレックはもう「普通」の人間たちの元に戻れないような気がしていた。 (結局話は戻り、羊の群れから離れたから狼に受け入れられるとは限らない訳だ。この板挟みにもすっかり慣れてしまった自分が悲しいな) 先ほどからドレッドのチームの側から突き刺すような鋭い視線を感じる。その視線の主は、先ほど上位種の呪獣討伐を手伝ってくれたばかりのステディだ。 トレック達はまだ前線に出ない身である準法師という立場でありなから、実戦では法師を容易く殺める上位種を討伐した。これは誇るべき大きな成果であり、その為の作戦を立てたトレックは褒められても罰は当たらない程度には結果に貢献している。 それでもなおステディから嫌悪感や猜疑心の籠った視線がぶつけられるということは、「また」なのだな、と思う。 『普通』の人間のようで気味が悪い――。 何度も言われてきた言葉だ。トレックの知る普通の人間と言うのは、ふと大切な事を想い出して行動や言動が小さく変わることがある。誰かの言葉に栄養を受けて、それまで当然にしてきた行動を見直すこともある。また、最初は受け入れがたかったものも後に考え直して受け入れるよう努力したりもする。おかしいことではない、普通のことだ。 しかし『欠落』持ちには、このトレックとしては普通に起こりうると思っていることが、通常の出来事には映らない。トレックや普通の人間にはそれは理解できない感覚なのだが、彼等だけはその行動を「気味が悪い」と考える。 その理由を彼等も、普通の人も、言葉に表して説明するのは難しい。考え方の個人差もあるので、言語に表すと統一した意見に纏まらない。それでも、『欠落』持ちは誰しも共通してこの当たり前の変化を気味悪がり、避けたり拒絶意志を示す。 根拠を探るのは止めた。分かりっこないからだ。 だから、トレックはいつも一度だけ相手と会話して『確認』をする。 「俺のことが、気味が悪くてしょうがない。そんな顔をしてるよ、ステディさん」 「そんな顔、ではなく事実だ」 (……ここまでキッパリ言い切られるといっそ清々しいな。ま、『欠落』持ちの人はお世辞とか言わずにキッパリ言い切るパターンが多いし慣れてるけど) 最低でもこの任務が終わるまでは、盟約の通りに動いてもらわなければ困る。今更個人的な私情で連携を乱すとは思えないが、やはりはっきりさせておくべきだろう。 「先に行っておくけど、これはお願いとかそういうのじゃなくて、確認作業だ」 「確認だと?今更何を確認する?それとも盟約の内容も忘れる程貴様のおつむは――」 「少し黙れ」 ステディが、驚いた表情で言葉を止める。 この確認を取る時は、弱気は絶対に駄目だ。必ず自信満々で、多少なりとも威圧的にしなければ相手に軽んじられる。下手に出らず、あくまで自分と相手が対等であることを前提にしつつ、しかしはっきりと言わなければならない。 「気味が悪いなんてのは気分の問題だ。今までにもその気分とやらで俺を嫌う奴は山ほどいた。中には俺と行動しなければいけないことを理由に実技を断った奴もいるくらいだ。別の試験では俺のパートナーとして登録されておきながら、俺が受かると気分が悪くなって効率が悪いからと俺だけ蹴落とそうとした奴もいる。だから俺はキミみたいに所構わず無遠慮な視線を送る人には必ず同じことを言う」 本当に、酷い目に遭う時はとことんひどい目に遭う。だからその予防線のために色々と研究したトレックが最終的に編み出した対『欠落』持ち用の脅し文句がこれだ。 「俺のことが嫌だろうとなんだろうと、この試験が終了するまでは何が何でも俺との連携を維持しろ。しないのならお前の背中を後ろから撃って俺だけ進ませてもらう。――いいか、これは「はい」とか「いいえ」とかそんな応答を求めているんじゃあなくて、『確認』だ」 それだけ告げて、俺はそのまま前を向く。 横で聞いていた人間の内、ドレッドが苦笑した。 「我がチームメイトの命を勝手に持って行かれるのは、困るのだがね」 「なら俺が撃つ必要が無いように手綱をしっかり握るんだな。俺だって撃ちたい訳じゃないが、そうなったら『仕方がない』だろう?」 「……不思議な男だ。普通の人間の様に悩むかと思えば、我々と同じような本気の眼を見せる」 ――これぐらい本気で言わないと、お前らは信じないからな。 その内心は、口には出さずに心の内に仕舞い込んだ。 まったく、本気でないことを悟られないように脅さなければいけないこっちの身にもなって欲しいものだ。本気で殺す気だと感じられなければ、『欠落』持ちからは完全にナメられてしまう。 こちらの意を汲まないことのデメリットを『確認』させ、見捨てる条件をはっきりさせ、その上で本気で殺せるだけの覚悟を込めて喋る。これが出来れば『普通』の精神を持つ人間でも最低限の意思疎通が可能……というのが、トレックの研究成果だ。あくまで暫定的で、なんの根拠もない経験則だが。 (………この演技力なら演劇俳優でも通じるんじゃないか?) なんとなく、次の就職先を探す事になったら俳優を目指そう――と馬鹿な事を考えたトレックであった。 = = 今日は頭が働かないのでここまで。久しぶりに後で書き直ししたい出来栄えでした。 |